スキーにはまっています。


by 幸田 晋

法華嶽薬師寺 12・10(土)

法華嶽薬師寺 
12・10(土)


国富町本庄の中心分から
県道法ヶ岳-本庄線を西へ10kmのところにある

法華嶽薬師寺は、

越後の米山薬師(新潟県)、
三河の鳳来寺(愛知県)
と並び日本三薬師のひとつとして数えられています。


718年(養老2)に
釈迦岳(830m)の山頂に
ひとりの高僧が御堂を建て、
薬師如来像を安置し、

金峰山長喜院と
呼んだのが始まりといわれています。


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十数年ぶりか?(はっきり覚えていない)
法華嶽薬師寺に行ってみました。
写真を撮りに、国富町八代の、ある木のところに行こうと、
宮崎をでて、走っていると、アッ朝日が綺麗そうだ。
そうだ、法華嶽公園に行ってみよう、と、行き。
久しぶりに、法華嶽薬師寺にも行きました。

住職の「福嶋 峯林」さんに偶然お会い出来、
お茶を頂き、縄文の遺品がここから出ていることを
聞きました。


(又、偶然にも、当日の宮日新聞「中央版」に
そのこと、が、記事になっていることを伺いました)
早速、帰って、宮日をチェック。(ありました)

国富町の中心部から
北西へ約8kmの法華嶽に
法華嶽薬師寺はある。

奈良時代718(養老2)年に
釈迦岳(881m)の山頂に
金峯山長喜院(きんぽうざんちょうきいん)として建てられた
のが創建とされる。

平安時代に入り
伝教大師(最澄)が
ここを訪れた折り、
薬師如来のみ中腹の法華嶽に移して本堂を建立した。


越後(新潟県)の米山薬師堂、
三河(愛知県)の鳳来寺薬師
とともに日本三薬師の一つに数えられ、
かっては本堂伽藍のほか、
十二の僧坊が建ちならぶほどに栄えた。

寺の本尊である薬師如来
及び両脇侍像、
日光菩薩、
月光菩薩(がっこうぼさつ)は、

三尊の仏像が安置されている
須弥壇(しゅみだん)
とともに1965(昭和40)年に
宮崎県指定の文化財になった。

江戸末期に火災があり、
その後1867(慶応2)年に廃寺。

1970(昭和45)年に
地元の法華嶽薬師協会の
尽力によって奉蔵倉と拝殿が建設された。

平安時代に紫式部、
赤染衛門、
清少納言、
伊勢大輔、

と並んで五賢女と称された
歌人の泉式部の伝承が残る。


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by kuroki_kazuya | 2011-12-11 05:05 | 写真 | Comments(0)