スキーにはまっています。


by 幸田 晋

井原 東洋一さん 3月9日。満76歳の誕生日。喜寿を迎える。

私が、尊敬する
九州電力OB
現 長崎市議会議員7期目
元 全九州電力労働組合 本部 書記長

井原 東洋一さん、が、
誕生日を迎えられた。

益々、元気で
世の改善・改革に取り組まれる
ことと考えます。

おめでとうございます。

黒木 和也


3月9日。
満76歳の誕生日。
喜寿を迎える。

ブログ「ここでトヨさん出番です!」
2012-03-09 09:11より転載


1936年(昭和11年)3月9日。
長崎県西彼杵郡矢上村田中名1397番地。

貧農の家庭に
上から姉4人、兄1人の末っ子として生まれる。

父56歳、母48歳での高齢出産。


兄とは7歳違いであった。
(兄は70歳で肝臓ガン死亡・原爆起因?)。

父平作は、
山本五十六の名前の由来にあやかって、
当初「五十六」と命名しようと考えていたらしいが、
時は戦争前夜。

もっと大きな名前にしようと
「東洋一」にした。

「東洋を制する者、世界を制す」
と稀有壮大な名前だと自負し、
役場に走り出生届を出すと、

戸籍係が「平作どん、何て読むとね?」、
「とうよういち たい」、

「あんまり太すぎるごたるね?。
天皇陛下に対して不敬罪になりはせんかな?」
と疑問を呈され、

「そんなら、とよかず にしとこうか」
とのいきさつを聞かされてきた。


幼い時は「日暮っ子」と呼ばれて育った。

毎日、末の姉に背負われて
尋常小学校に通い、
皆さんに可愛がられた記憶が微かに残っている。

物心ついた頃には、
4人の姉たちは
みんな製糸工場や病院などに出稼ぎに出ていて、

兄弟姉妹一緒に暮らした記憶はない。

貧乏だったが
父母のケンカなど全く聞いた事がなく、
懐深く育てられ、
淋しい思いをした事はなかった。


小学生から
牛の世話、
田畑の手伝いは日常の事であり、

近くの山々や小川が遊び場であった。

田舎の原風景は、
ハタアゲ、独楽回し、ぺた(カード)、ビー玉、
メジロ獲りなどの遊びと共に全て頭の中にある。



9歳で長崎原爆被爆。

工業高校、九州電力勤務などと歴史は飛び、

今、議員に有って25年。

常に少数派に生きてきた。



まだ続く。3人の男の子に5人の孫。

皆健やか。

妻和子は8年前の67歳から歳をとらない。



長崎市議会議員 井原東洋一

by kuroki_kazuya | 2012-03-10 04:56 | 日誌 | Comments(0)