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by 幸田 晋

「原子力の日」50年 夢のエネルギーは遠く

「原子力の日」50年 

夢のエネルギーは遠く


岩手日報 論説 2014.10.26より一部
     
今日26日は日本の原子力にとって記念すべき日だ。

1956年の同日、国際原子力機関(IAEA)創設総会で憲章に調印。
63年の同日には初の原子力発電が行われた。

そのため64年、「原子力の日」と定められた。
未来のエネルギーとして大きな期待が託された。

それから半世紀。
原子力を取り巻く環境や期待感は大きく変わった。

というより、
解決されないまま抱え込んでいた課題や
矛盾があらわになったと言えるだろう


初の発電が行われたのは、日本原子力研究所の動力試験炉。
翌日の本紙記事は「世界で11番目の成功」について
「広島原爆という恐怖の象徴として日本に登場した原子力は、
いま初めて平和な電灯をともした」

「実用化への第一歩を踏み出した意義は大きい」と評価している。

その後、実用化された原発は数を増やし続け、
50基を超えるまでになり、日本は原発大国となった。

だが、東日本大震災時に発生した東京電力福島第1原発事故が様相を一変させた。

故吉田昌郎元所長は、
政府の事故調査・検証委員会の聴取の中で、
危機的な状況にあった日について「われわれのイメージは東日本壊滅」と振り返っている。

多くの国民も相当な危機感を抱いたはずだ。

「恐怖の象徴」からの転換を期した原子力だったが、潜在する危険性を知ることになった。

あらためて課題も浮き彫りになった。
その最大のものは、
高レベル放射性廃棄物の最終処分だろう。
地下深くに処分する方針だが、
場所のめどが全く立っていない


最終処分の前段である使用済み燃料再処理も揺れている。

核燃料サイクルの要である再処理は、
プルトニウムなどを取り出し燃料として利用するためだが、
使うはずの高速増殖炉「もんじゅ」は重大事故で運転が停止。
当初の構想は破綻した。

本県にも原発立地が検討されたことがある。
しかし、漁業や観光面への影響、電力需要の変化も踏まえて立ち消えとなった。


・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2014-10-27 06:59 | 核 原子力 | Comments(0)