スキーにはまっています。


by 幸田 晋

福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明

福島原発事故、
原子炉に届いた冷却水は
「ほぼゼロ」だったと判明


現代ビジネス 9/20(水) 9:00配信より一部

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170920-00052931-gendaibiz-bus_all

官邸や東電本店の要請に従わず、
海水注水を強行した吉田昌郎福島第一原発所長。
日本中が喝采を送った「海水注入騒動」だが、
事故から5年半経って
原子炉にほとんど水が入っていなかったことが判明した。


『福島第一原発 1号機冷却 失敗の本質』は、
6年間にわたる1000人以上の
関係者取材と約428時間に及ぶ
東電テレビ会議のAI解析によって浮かび上がった
数々の「1号機冷却失敗」の謎に迫った調査報道の力作だ。
本書から
一足先に「届かなかった海水注水」をめぐる衝撃の事実を特別公開する


ほとんど注水はされてなかった

 2016年9月7日。福岡県久留米市内のホテルはどこも珍しく満室だった。

 春と秋、年に2回行われる日本原子力学会の大会に参加するため、全国から原子力関係者が、久留米市に集まっていた。

 学会では、原子力安全や放射性廃棄物処理、高速炉などの次世代炉開発、核燃料など様々な分野の専門家が研究成果を発表する。その時点の最新の知見が発表されることもあり、メルトダウン取材班にとっては、継続して取材を続ける対象の一つになっている。

 取材班が注目していたプログラムの一つが、国際廃炉研究開発機構(IRID)による発表だった。テーマは「過酷事故解析コードMAAPによる炉内状況把握に関する研究」。最新の解析コードを用いて、福島第一原発事故がどのように進展し、どこまで悪化していったのかを分析するものだ。

東京電力が
初めてメルトダウンを起こしたことを公式に認めたのは、
事故から2ヵ月以上経った
2011年5月15日。
今から見ると解析結果は楽観的といえるものだった


 当時、東京電力は、解析コードMAAPを用いて1号機の炉心状態をシミュレーションし、「解析及びプラントパラメータ(原子炉圧力容器周辺温度)によれば、炉心は大幅に損傷しているが、所定の装荷位置から下に移動・落下し、大部分はその位置付近で安定的に冷却できていると考える」と結論づけた。

 かみ砕いていえば「1号機はメルトダウン(炉心溶融)を起こしたものの、圧力容器の底が溶かされて燃料が容器の底を突き抜けるメルトスルーはごく限定的で、核燃料デブリは原子炉内にほとんどとどまっている」とされていたのだ。しかし、いまやそのように考えている専門家はほとんどいない。

 いまでは大量のメルトスルーが起きたことは、もはや専門家間で共通の認識であり、関心事は、格納容器に溶け落ちたデブリの広がりが、格納容器そのものを溶かしているかどうか、という点に移っている。

 今回の発表の特徴は、これまでの“どれだけ核燃料が溶けたか”に主眼を置いたものではなく、“どれだけ原子炉に水が入っていたか”という点に注目したことだ。その結果は、関係者に衝撃を与えた。

 「3月23日まで1号機の原子炉に対して冷却に寄与する注水は、ほぼゼロだった」

 事故当時に計測された、1号機の原子炉や格納容器の圧力に関するパラメーターを解析によって再現するためには、原子炉内への注水量を“ほぼゼロ”に設定しないと再現ができないことから、結論づけられたものだ。

 東京電力が1号機の注水量が十分でないことに気づき、注水ルートを変更したのが事故発生から12日経った3月23日のことだ。それまでは、1号機の原子炉冷却に寄与する注水はほぼゼロだったというのだ。

会場はざわついていた。
詰めかけた関係者の中で、
最初に質問したのは
全国の電力会社の原子力分野の
安全対策を監視・指導する立場にある
原子力安全推進協会(JANSI)の幹部だ。

「事故から5年以上たって、初めて聞いた話だ。
いまだにこんな話が出てくるなんて……」

発言には明らかに不満が込められていた

事故から5年以上経過しても次々と出てくる新たな事実。最新の解析結果の発表は事故の真相の検証はいまだ道半ばであることを物語っていた。

浮かび上がった注水の「抜け道」

 福島第一原発事故対応の“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け道があり、十分に届いていなかった。

 その可能性を最初に社会に示したのは、メルトダウン取材班だった。

 取材班は2011年の事故発生直後から消防車による注水にいくつかの疑問を持っていた。2011年9月9日に発表された消防車からの吐出流量と原子炉近傍の流量が異なるという矛盾。さらに、本来空っぽであるはずの3号機の復水器が満水であるという東京電力からの不可思議な発表。

 本当に消防車による注水は原子炉に十分に届いていたのか。本格的な検証を始めたのは2012年秋頃からだった。当時、後に公表される“吉田調書”はまだ未公開だった。取材班は、事故当時に公開されていたテレビ会議を詳細に読み解くことを試みる。

 すると3号機への海水注入が始まった後の3月14日午前3時36分、原子力部門の最高責任者で副社長だった武藤栄と吉田が、3号機の消防注水の有効性を疑う会話を交わしていたことがわかった。

 武藤「400t近くもうぶち込んでいるってことかな? 

 吉田「ええ、まぁ途中で1時間位止まってますから」

 武藤「ということは、あれだな、ベッセル〔原子炉圧力容器〕、満水になってもいいくらいの量入れてるってことだね」

 吉田「そうなんですよ」

 武藤「ちゅうことは何なの。何が起きてんだ。その溢水しているってことか、どっかから」

 吉田「うん、だからこれやっぱ、1号機と同じように炉水位が上がってませんから、注入してもね。ということは、どっかでバイパスフローがある可能性が高いということですね」

 武藤「バイパスフローって、どっか横抜けてってるってこと? 

 吉田「そう、そう、そう、そう、そう。うん」

 では、消防注水の抜け道は、どこにどのようなメカニズムで生じるのか。そして原子炉に届く水の量はどの程度なのか。取材班は独自に入手した3号機の配管計装図(P&ID)という図面をもとに専門家や原発メーカーOBと徹底的に分析した。

 すると、消防車から原子炉につながる1本のルートに注水の抜け道が浮かび上がった。その先には、満水だった復水器があった。

検証を続けていた東京電力

 実は、こうした“抜け道”は3号機だけではなく、1号機にも存在していた。しかもその漏洩量は、3号機をはるかに上回るものだった。

 2013年12月になって、東京電力は事故の教訓を広く共有するため、技術的な分析「未解明事項」を発表した。報告によると、1号機には10本、2号機・3号機にはそれぞれ4本の「抜け道」が存在するというのだ。2011年3月23日までほぼゼロだった1号機への注水量。
その原因はこの10本の抜け道にあった

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2017-09-21 06:55 | 東電 出鱈目 資本