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by 幸田 晋

もはやカラッポの在日米軍

もはやカラッポの在日米軍/
Voice 09年8月25日(火) 12時37分配信 / 国内 - 政治より

日高義樹(ハドソン研究所主席研究員)
1935年生まれ。
東京大学英文科卒、59年NHK入社、外信部を経てニューヨーク支局長、
ワシントン支局長、アメリカ総局長を歴任。

NHK審議委員を最後に退職。
ハーバード大学客員教授の後、現在は同大学タウブマン・センター諮問委員。

またハドソン研究所首席研究員としてホワイトハウス及び米海軍のためのアジア・西太平洋における日米関係の将来性に関する調査・研究の責任者。

米商工会議所会長顧問。

主な著書は
「アメリカ軍が日本からいなくなる」(PHP研究所)
「アメリカは北朝鮮を核爆撃する」(徳間書店)
「アメリカの世界戦略を知らない日本人」(PHP研究所)
「世界大変動が始まった」(徳間書店)
「キッシンジャー10の予言」」(同)など多数。


◇「日本の平和主義には呆れた」◇

 日本の民主党は「在日米軍は要らない」と発言して、新しい主張をしているつもりのようだが、在日米軍はそういわれるまでもなく、急速に姿を消しつつある。私はこの7月中旬、アメリカ空軍の対北朝鮮爆撃訓練を取材するため、グアム島のアンダーソン基地を訪問したが、そこで見たアメリカ空軍の体制は、日米安保条約の空洞化が恐ろしい勢いで進んでいることをはっきり示していた。

 グアム島のアンダーソン基地に、12機のF22戦闘爆撃機が飛んできたのはこの5月中旬のことである。レーダーに映らないステルス仕様の最新鋭機はアラスカのエーメンドーフ基地からやってきたが、そのうちの2機はそのまま沖縄の嘉手納基地に向けて飛び立った。

「アンダーソンにはF22が常駐することになるが、嘉手納には一時的に2、3機を送るつもりだ」

 アンダーソン基地のアメリカ第360飛行大隊の作戦担当者、トッド・フィンゲル大佐が私にこういったが、アジアのアメリカ空軍の主力は、嘉手納をはじめとする日本の基地にはもはや常駐していないのである。

 F22はアメリカ空軍の虎の子で、ステルス性でレーダーに映らないため1機で50機を相手に空中戦ができるといわれている。海軍のベテランパイロットが私にこういったことがある。

「まったく気が付かないあいだにF22に後ろに回り込まれたことがある。あのときは本当にびっくりした」

 レーダーに捉えられないので、敵地に密かに侵入して、レーダーサイトやミサイル基地といった地上の軍事施設を攻撃するときに最大の効果を上げることができる。

「北朝鮮が不穏な動きをすればいつでも爆撃機を出動させる」

 アメリカ空軍の首脳が私にこういったが、グアムに常駐するB52が爆撃する前に、ステルスのF22が北朝鮮の防衛体制を破壊してしまう。

 このようにグアム島のアメリカ空軍が目覚ましく強化されている一方、在日米空軍は急速にその存在理由を失いつつある。在日米空軍の基地は中継地として使われているだけだ。

「在日米空軍、とくに第5空軍は、カラッポのアパートの管理人のようなものだ」

 笑いながらこういったのはアンダーソン基地の幹部である。

 一方、在日米軍の中心になるはずのアメリカ陸軍は施設を保有しているだけで日本には戦闘部隊を置いていない。座間基地に新しくできたアメリカ陸軍のアジア通信センターはきわめて小規模なもので、招待を受けて通信センターを訪問したという知り合いの海上自衛隊幹部は私にこういった。

「座間の通信センターの規模は、艦艇1隻に装備されているのと同じ程度のものだ」

 日本の陸上自衛隊は座間の通信センターをことさら大きく宣伝しているが、実体はこの程度なのである。そのうえ、これまでアメリカ陸軍が担当してきた在日米軍の補給兵站も、現在ではアメリカ海軍が担当している。日本に点在するアメリカ軍基地へ送られる物資の補給は、すべてアメリカ海軍横須賀基地が行なっているのである。

 その横須賀を母港とするアメリカ海軍第7艦隊は、朝鮮半島に緊急事態が生じた場合には、北朝鮮によるミサイル攻撃を避けて、はるか洋上に避難する体制をとっている。

 このように、日米安保条約に基づいて日本を防衛することになっている在日米軍は、いまやほとんど存在していないに等しいのである。

 日米安保条約が空洞化してしまったのは、アジアにおける軍事情勢が一変したからである。

 第2次大戦後、在日米軍がアジアの紛争地点である朝鮮半島や台湾海峡からほんの少し離れただけの日本列島に待機して、緊急出動態勢をとることができたのは、北朝鮮や中国が、圧倒的な戦力をもつアメリカ軍に攻撃を仕掛ける力をもっていなかったからだ。ところが、いまやそうした情勢に大きな変化が起きた。いつの間にか北朝鮮も中国もミサイル戦力を強化し、日本にいるアメリカ軍を攻撃できる能力をもってしまった。

「中国は、台湾の対岸に膨大な数の中距離ミサイルを配備することができるようになった。北朝鮮も大量のミサイルを保有している」

 ゲイツ国防長官が議会でこう警告したが、日本で待機して紛争に備えるというアメリカ軍の戦略は、アジアの軍事情勢が大きく変化したため、在日米軍にとって大きな危険をもたらすものになった。

 だがもっとも深刻な問題は、日本側がこうした新しいアジアの軍事情勢の変化を正確に認識できないために、日米のあいだで情勢に対応するための話し合いができないことである。在日米軍の首脳が私にこういったことがある。

「中国と北朝鮮がミサイル戦力を強化したため、日本のアメリカ軍基地がミサイル攻撃の危険にさらされている。基地にある弾薬の貯蔵庫などを地下に移さなければならないが、日本側と話し合いが進まない」

 ミサイルが飛んでくる危険がある以上、これまで地上の施設に保管してきた弾薬や兵器類を地下施設に移すことを考えるのは当然だが、日本側の関係者はこういって反対したという。

「アメリカ軍基地の施設を地下に移したとしても、基地周辺の住宅や工場などの安全はどうなるのか」

 平和ボケの日本側関係者には、北朝鮮や中国からミサイルが飛んでくるという事態も、ミサイルが基地の弾薬や兵器類を直撃したときには、たんに施設が攻撃されたときの何百倍もの被害が周辺に及ぶという危険も想像することができないのである。

「日本の平和主義には呆れた。日本人は備えのない平和主義が危険だということがわかっていない」

 アジアの軍事情勢に対応するために日本側と協議しようにも、話が食い違って具体的な計画が立てられないのだ。

◇「核の傘」協議発言の真相◇

 かくしてアメリカ軍は、アジアの基地を日本の外に移すことになったが、こうした日米安保条約の空洞化という事態よりもさらに危険なのは、オバマ政権にアジア戦略がまったくなく、もとよりアジアの新しい軍事情勢に対応するために、日本政府と話し合いをする気もないことである。

 このところ国防予算をめぐって、オバマ大統領とアメリカ上院のあいだで泥仕合が続いているが、その最大の理由は、オバマ大統領とその政権に確固とした軍事政策がないからである。

 オバマ政権は、沖縄の海兵隊のグアム移転のために、日本側に3億3600万ドルを分担させたうえ、2010年度の国防予算に9億3450万ドルを計上した。アメリカ下院は6月にこの総額を含む国防予算を承認したが、上院はこの予算から2億1110万ドルを削減してしまった。

 この結果、移転の費用を半分ずつ負担という日本政府との約束が果たせなくなりそうである。

 上院が海兵隊のグアム島移転の予算を削ったのは、オバマ大統領が議員たちを説得できなかったからである。オバマ大統領は沖縄の海兵隊をグアム島に移転する理由として、沖縄の基地周辺住民への配慮、つまり建前だけを述べて、中国や北朝鮮のミサイル攻撃の危険について熱心に説明していない。

「アメリカ上院の有力者は日本側に半分以上負担させるべきだと主張している」

 ハドソン研究所の研究者がこういっているが、つまりアメリカ上院の有力者は戦略上の必要がないのなら、グアム島に海兵隊を移転させる費用を出すことはないと考えているのである。

 軍事政策を立てられないオバマ大統領と議会が泥仕合を続けているあいだに、イラクとアフガニスタンの情勢は悪化しつづけている。オバマ政権はますますアジアどころではなくなっている。

 アジアに関心をもたないオバマ政権が、このままアジア戦略をないがしろにしつづけていれば、半世紀以上にわたる日米の同盟関係すら危うくなりそうだ。

 オバマ政権に対日政策がないことを象徴するのが、7月初め日本にやって来たカート・キャンベル国務次官補の「核の傘について日本政府と定期的協議を行なう」という発言である。このキャンベル国務次官補の発言に仰天した軍事専門家がアメリカには大勢いるのだ。

 そもそもアメリカの「核の傘」というのはアメリカの核政策そのもので、国務省の次官補クラスが同盟国と話し合う問題ではない。核戦略は大統領と国防長官が取り扱う重大問題なのである。

「核戦略はアメリカ国家の最高機密である」

 1982年、ワインバーガー国防長官にインタビューした際、彼がこういったことを覚えているが、国務次官補レベルが扱える問題ではないのである。ハドソン研究所の専門家はこういった。

「キャンベル国務次官補はいったい何を日本政府と話し合うつもりなのか。核の傘の実体について協議するのであれば、核兵器の数からトライデントミサイル潜水艦の配備に至るまで、アメリカの核戦略のすべてを日本側と話し合わなければならない。そんなことはできるはずがない」

 そうした最高軍事機密について、アメリカが日本側と話し合うことが不可能であることはいうまでもない。

 結局のところキャンベル国務次官補の発言は、日本国内で強くなりつつある自主核武装の世論を抑えるためのものにすぎない。

「日本が核兵器をもつことは日本の安全保障のためにならない」

 キャンベル国務次官補はこう述べたが、なぜ「ためにならない」のか明確な説明はできないでいる。

 アメリカの指導者層に、中国、インド、パキスタン、北朝鮮に続いて日本までが核武装することになれば、アジアはアメリカの手に負えなくなると恐れている人が大勢いることは確かである。だがアメリカ政府が本気で核戦略を日本と協議するつもりならば、国務次官補レベルの発言で済ますことはない。

 すでに述べたように、オバマ政権には、日本の安全保障を含めて新たなアジア戦略について日本と真剣に話し合おうとしている首脳は1人もいない。「日米安保条約の空洞化」は、もはや言葉のうえだけのものではない。

 この厳しい現実を踏まえて、日本は自らを守る手段を考えていかねばならない。次官補クラスの発言で安心しているときではない。
by kuroki_kazuya | 2009-08-29 22:00 | 軍事