スキーにはまっています。


by 幸田 晋

カテゴリ:地震 大災害( 386 )

大惨事を生む水蒸気爆発
 御嶽山やイタリア・エトナ山で被害

島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3052】
2017年4月14日(金)午後 07:12
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■3.大惨事を生む水蒸気爆発
 |  御嶽山やイタリア・エトナ山で被害
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その193
 └──── 島村英紀(地震学者)

 この3月に、また火山で死にかかった。英国の公共放送、BBCの取材チーム。
イタリア・シチリア島にある欧州最大の活火山エトナ(標高3329メートル)での
ことだ。
 エトナはイタリアにある3つの活火山ではいちばん高い火山で、2番目に高い
ヴェスヴィオ山の3倍近くもある。富士山と同じく、世界遺産だ。アルプスを除
いてイタリアでは最も高い山である。
 なお、ヴェスヴィオ山は噴火でローマ時代のポンペイなどを埋めたことで有名
である。
 エトナ山は過去数週間で活動が活発化していたので、取材班が登山していた。
前兆もなく、いきなりこの事件が起きたのであった。このチームによって、すさ
まじい画像が撮られている。

 この事件で、飛んできた岩石や溶岩に当たって10人が負傷した。6人が病院に
搬送されたが、全員、軽いやけどや切り傷、打撲などですんだ。
 噴火としては小規模のもので、その意味では幸いだった。一種の水蒸気爆発が
起きたもので、溶岩と山の表面の間に溜まっていた水が水蒸気として噴出したた
めに起きたものだと思われている。

 水蒸気爆発とは、2014年に戦後最大の犠牲者を生んでしまった御嶽山(長野・
岐阜県境、標高3067メートル)の噴火と同じタイプだ。
 御嶽山では新たなマグマは上がって来ずに、昔噴出した火山灰や噴石を吹き飛
ばしただけだった。火砕流も出たが、このときは低温で、木や森を焼くことはな
かった。それでも、これだけの被害が出てしまったのだ。

 「水蒸気」爆発というと、まるでヤカンから出る湯気のように威力のないもの
に聞こえるかもしれないが、そうではない。

液体の水は1グラムで1立方センチの体積を占めるが、
これが100度Cになると
気体になって約1700立方センチの体積にも膨張する。
まわりに溶けた溶岩がある
など、もっと温度が高いと4000立方センチ以上と、
さらに体積が増える。
閉じた
空間では大変な圧力になって、
噴石や溶岩を吹き飛ばしてしまうのだ。


 かつて日本で起きて大きな被害を生んだ水蒸気爆発は、1888年の福島・会津磐
梯山(標高1816メートル)の噴火だ。いまでも、空から見ると磐梯山の山頂から
北側には息をのむような巨大な山体崩壊の跡が拡がっている。
 このときは、火山の内部で水蒸気爆発が起き、山体崩壊を引き起こした。この
大規模な崩壊で約500人もの死者を生んだ。また、長瀬川とその支流がせき止めら
れ、桧原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼など、大小さまざまな湖沼が作られた。
磐梯山の山の形も大幅に変わってしまった。

 今回のイタリアでも、岩や溶岩を吹き飛ばした。もちろん、大きなものに当た
れば即死である。
 つまり水蒸気爆発は、その名前の優しさとは裏腹に、とてつもない威力になる
のだ。

 (島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
 「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年4月7日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-04-15 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)
熊本地震を教訓に
防災態勢見直す
 

滋賀の自治体


京都新聞 4/13(木) 15:00配信より一部

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170413-00000022-kyt-l25

 間もなく発生から1年となる熊本地震を受け、滋賀県の自治体が防災態勢の見直しを進めている。震度7の揺れが2度襲うという前例のない災害を受け、県は避難の在り方の再考や、支援受け入れ態勢の整備を始めた。行政拠点が機能不全に陥ったケースを想定して防災態勢を練り直すなど、各市町はさまざまな形で教訓を生かそうとしている。

 県は大規模地震と原発事故が同時に起こった際の避難を再検討した。大きな揺れが繰り返し起きた場合、被ばくを防ぐため原則通りに屋内に退避すると建物倒壊の危険があることから、近隣の公共施設や緊急防護措置区域(UPZ)外への避難も可とした。

 県は、現地に派遣した職員から支援活動で感じた教訓を募り、今後取り組むべき課題を探った。熊本では他府県からの応援職員やボランティアの受け入れ態勢が不十分で家屋の被害認定などに時間がかかったことを踏まえ、「受援」の方法や手順の事前整備が必要とした。県は本年度中をめどに県地震防災プランをつくる方針で、「熊本地震の教訓を具体的な対策につなげる」(県防災危機管理局)としている。

 同じ名前という縁から熊本県大津町を支援した大津市も本年度に「市災害時受援計画」を策定し、救援物資のスムーズな配布方法などを検討する。災害廃棄物が大量で出ることも分かったため、処理計画を新たにつくり、発生量を検討したり、仮置き場の候補地を選定したりする。大きな前震の後にさらに大きな本震が来ることなど熊本の教訓を踏まえた防災ハンドブックも作る予定だ。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2017-04-14 06:35 | 地震 大災害 | Comments(0)
北朝鮮のミサイルが着弾した場所
 日本海が生まれたナゾはいまだ分からず

島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3044】
2017年4月5日(水)
地震と原発事故情報より一部


┏┓
┗■2.北朝鮮のミサイルが着弾した場所
 |  日本海が生まれたナゾはいまだ分からず
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その192
 └──── 島村英紀(地震学者)

◎ 北朝鮮が日本海に向けて多くのミサイルを撃ってきている。3月には
同時発射した4発のミサイルのうち、1発がこれまでで最も日本本土に近
い能登半島北方約200キロの海上に着弾した。
 ここは日本の排他的経済水域である大和堆(やまとたい)の上である。
排他的経済水域とは沿岸から200海里(約370キロ)以内をいう。
 大和堆は日本海の真ん中に突き出した浅瀬で、暖流と寒流が交わってい
ることもあり、有数の漁場となっている。今度もイカのシーズンであっ
た。そのほか多くの魚種の底引き網漁なども行われている。
 大和堆の面積は北海道ほどもある。北東から南西方向に延びる深い谷で
二つに分かれていて、日本に近い側を大和堆、遠い側が北大和堆で、こち
らは日本の排他的経済水域ではない。

◎ 日本海はかつては全体が深い海だと思われていた。その真ん中に大和
堆があるのが発見されたのは1924年。水産講習所(現在の東京海洋大学)
の調査船によるもので、その後の1926年に海軍水路部によって精密測量が
行われて大和堆と命名された。まわりは3500メートルもあるのに、最も浅
いところが水深236メートルしかない。
 じつは、この大和堆は日本列島の兄弟である。
 約2000万年前にユーラシア大陸の東の端にひび割れが走り、海が流れ
込んで幅が狭い日本海が生まれた。このことによって日本列島が誕生し、
その後、日本海がどんどん大きくなっていまの日本列島になった。
 そのときに、大陸から一緒に分かれたものの、途中で取り残されてし
まったのが大和堆なのだ。北海道の西方沖に武蔵堆という浅瀬がある。
大和堆と武蔵堆の二つは大陸の「端切れ」なのである。
 じつは、どうして、なぜ日本海が生まれたかはいまだにナゾなのだ。

◎ ところで、ニュージーランドは日本なみの小さな国だ。だが、最近、
ニュージーランドは未知の大陸の一部が顔を出している大陸の一部だとい
う新しい学説が出た。7つとされてきた世界の大陸に、新たに8つ目が加
わるかもしれない。
 この大陸「ジーランディア」は面積約500万平方キロメートル。インド
亜大陸よりも大きい。だが全体の94%が水中にあり、ニュージーランドと
ニューカレドニアだけが海面上にある。
 この大陸は地質学上、独立していて、地質、地殻などの条件が他の大陸
に適用されている全ての基準を満たしているという。たとえば地殻は、大
陸地殻の典型的な特徴を持っている。他方、海面より下にあることは大陸
と定義できない理由にはならない。たとえば南極大陸に氷がなかったら、
その西側の大半は水中に沈んでしまうからだ。
 この「ジーランディア」は、大昔にあった超大陸ゴンドワナの一部
だったが、約1億年前に分裂したひとつではないかと考えられている。
 これから研究が進めば、大陸の分裂についての知識が増えるだろう。
 日本列島がどうやって、なぜ、出来たかを知ることにも大いに関係する
はずなのだ。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年3月31日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-04-07 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)
信用されない津波警報 被災地ですら避難せず…
 「車で逃げるな」にも問題山積

島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3035】
2017年3月27日(月)午後 07:47
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■1.信用されない津波警報 被災地ですら避難せず…
 |  「車で逃げるな」にも問題山積
 |  「警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識」その191
 └──── 島村英紀(地震学者)

◎ 驚くべき結果が3月に発表された。昨年11月22日早朝に起きたマグニ
チュード(M)7.4の福島県沖地震で、6割近くが避難せず、避難者の5割
以上が車で避難していたことが分かったのだ。
 東日本大震災で津波の怖さが知れ渡ったはずだし、政府は「車で避難す
るな」と口をすっぱくして言ってきたのに、この結果だ。
 宮城・石巻市で東日本大震災のときの津波浸水域に住む5000世帯を対象
に調査したものだ。調査を行ったのは石巻市と東北大学など。
 津波注意報は朝6時2分、避難指示は8時5分、そして津波警報は8時
9分に出された。地震が発生した5時59分に在宅していた人は約9割。
過半数は就寝中だった。

◎ 逃げなかった人々の67%は「大きな津波は来ないと思った」という。
これは気象庁の津波警報が、まだ信用されていないことを示している。
 信用されなくなってしまったのには長い歴史がある。
 1998年5月に起きたM7.7の「石垣島南方沖地震」のときに出された津
波警報は「沖縄、九州、四国、そして本州の南岸に最大2〜3メートルの
津波」という警報だった。だが、拍子抜けのものだった。実際に来た津波
は、わずか数センチのものだったからだ。

◎ 2003年9月にはM8.0の「2003年十勝沖地震」が起きた。ほとんど同
じ規模だった「1952年十勝沖地震」で6メートルを超える津波で甚大な損
害をこうむった北海道東部の厚岸(あっけし)町でも、勧告に応じて避難し
た人はわずか8%にとどまった。実際の津波は警報よりもずっと小さくて
被害を起こすようなものではなかったから、人々の判断は間違っていな
かったことになる。

◎ 20年も過大な津波警報がくり返されたので人々は警報を信用しなく
なってしまっているのだ。東日本大震災のあとでさえ津波警報が信用され
ていないというのは重大なことだ。
 同じ大きさの地震が同じ場所で起きても、海底での地震断層の動きかた
が違えば津波の高さは大変に違う。
 いまの仕組みは地震の震源と地震の規模だけが最初に分かった段階で
「考えられる最大」の津波を想定して警報を出す。だが地震断層の動きか
たによっては実際の津波の大きさが最大を想定したときの何百分の1にも
なってしまうのだ。

◎ 気象庁は津波警報を信用されるものにすることこそを心がけるべきな
のである。
 「車で逃げるな」にも問題が山積している。
 回答にあった「車を使わないと家族が避難できない」ことや、避難先で
「寒さをしのぐために車が必要」なことを行政は考えていないのだろう。
「車は大切な財産だから失いたくない」というのも4割以上あった。
 石巻では、この警報騒ぎで車で避難するときに渋滞したと答えたのは
17%に過ぎなかった。これは幸いなことだった。だが、いつも、そしてど
こでも、当てはまることではあるまい。
 津波警報には、まだ多くの問題があるのである。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年3月24日の記事)

*****
by kuroki_kazuya | 2017-03-28 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)
津波よりも恐ろしい鉄砲水
 ダムの決壊で地震後すぐに襲ってくる

島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3020】
2017年3月8日(水) 午後 07:51
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■3.津波よりも恐ろしい鉄砲水
 |  ダムの決壊で地震後すぐに襲ってくる
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識その188
 └──── 島村英紀(地震学者)

 米国カリフォルニア州でダムが決壊する恐れがあるというので、この
2月に周辺住民に避難命令が出された。
 このダムは230メートルという全米一の高さを誇るオロビルダム。サン
フランシスコの北東250キロのところにある。約50年前に作られた。
 厳密に言えば、ダム本体ではなくて緊急用の排水路があっという間に
壊れ始めたのだ。いずれにせよ、ダムに溜まった大量の水が下流を襲う
恐れがあった。
 この排水路で巨大な裂け目や浸食による損傷が確認されたのだった。
 カリフォルニアはもともと雨が少ない。1950〜60年代の古い車がとても
いい状態で走っているのもカリフォルニアならではなのである。私が
知っている米国人の家も、絨毯を敷いてある玄関には屋根がなくて空が吹
き抜けになっている。
 同州では深刻な干ばつが続いていた。しかし、これはカリフォルニアで
はよくあることだった。庭の芝生に水をまいてはいけないという禁止令が
出るのもしょっちゅうだ。だが、今年のはじめからは一転して珍しい大雨
に見舞われていたのだ。
 当局はヘリコプターを使って損壊部分の補修を進めた。幸い雨も小降り
になったので、避難した住民は帰宅が許された。大事故にはならないで
すんだ。
 だが、ダムにたまった水が下流を襲って大事故になった例は日本でもあ
る。昨年4月に起きた熊本地震で、山の上にある水力発電所・黒川第1発
電所(熊本県南阿蘇村)の貯水施設が壊れ、大量の水がふもとの集落を
襲った。少なくとも民家9戸が壊れ、2人が亡くなった。
 また、2011年の東日本大震災のときには、福島県・藤沼ダムが決壊して
大量の水が下流を襲った。濁流が家屋をのみ込んで8人の死者行方不明
者を生んだ。
 しかもダムの決壊による鉄砲水は、地震後すぐに襲ってくる。地震の後
しばらくたってから襲ってくる津波よりも恐ろしい。
 じつは、このオロビルダムのすぐ近くでマグニチュード(M)6.1の地震
が起きたときに、私はたまたま研究打ち合わせのためにカリフォルニア
大学バークレイ校に滞在中だった。地震学教室が大騒ぎになったことを憶
えている。1975年のことだった。
 この辺でこんな大きな地震が起きることは、それまでは知られていな
かった。だが、以後は直下型地震は米国西部にも起きることが分かって
きている。
 もし日本で起きる大きな直下型地震なみの地震が起きたら、ダムが決壊
して大惨事になるかもしれない。
 今回のカリフォルニアの騒ぎで避難命令が出たのは約19万人にも
及んだ。大きなダムが決壊すれば、そのくらいの人数が巻き添えになる
かも知れないのである。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年3月3日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-03-09 06:05 | 地震 大災害 | Comments(0)
グーグルも信じた「幻の島」
 200年間も地図上にあった
サンディ島が消えた理由


島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3015】
2017年3月2日(木)午後 10:03
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■2.グーグルも信じた「幻の島」
 |  200年間も地図上にあったサンディ島が消えた理由
 |  「警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識」その187
 └──── 島村英紀(地震学者)

 昨年11月、ニュージーランド空軍が不思議な「島」を発見した。
 南太平洋の中央、トンガ西部の海上である。この「島」は長さ数十キロ
メートルもある。
 この島は「パーミス・ラフト」ではないかと思われている。パーミスは
軽石、ラフトとは筏(いかだ)やゴムボートのことだ。
 つまり、この「島」は軽石が作った浮島なのである。軽石は火山噴火の
ときに出る。地下深部からマグマが上昇し、噴火で減圧することで溶けて
いた揮発成分が発泡して多孔質になったものだ。軽いから水に浮く。大量
に出れば、まるで島のようになる。
 2012年にも、ニュージーランド北方のケルマディック諸島近くの海域
で、同じような軽石の「島」が見つかったことがある。その大きさは400
平方キロメートルもあった。伊豆大島の4倍以上だ。
 そのときは「アーヴル」という海底火山が噴火して大量の軽石を出した
ことが分かった。過去の衛星画像を追跡して、噴火して海上に火山灰を吹
き上げているさまが過去の画像で確認できたのだ。ほとんど知られていな
かった海底火山だった。

 この軽石の島は、いずれは風や海流に乗ってバラバラになり、遠くまで
漂う。この島もだんだん拡がって、3ヶ月後には日本の2倍近い面積にも
なった。
 だが、昨年見つかった島の軽石がどこの火山の噴火から来たのかは
分かっていない。

 陸上では、こんな大量に軽石を出した噴火はなかった。島が発見される
前の1カ月半までさかのぼって衛星画像を調べたが、海底火山が噴火した
兆候は見つからなかった。もっとも、衛星からの観察は、海上が雲に覆わ
れていれば見えない。たまたま雲に隠れているときに大規模な噴火が起き
た可能性はある。
 巨大で、まるで島に見える「パーミス・ラフト」というものがあること
が分かったのはここ数年のことだ。

 かつて発見された島が消えてしまった「幻の島」も、パーミス・ラフ
トではなかったかと思われ始めている。それは、伊豆大島よりも何倍も
大きい島、南太平洋にあったはずのサンディ島(フランス語ではセーブ
ル島)だ。

 サンディ島は18世紀に近くを通った船によって「発見」され、19世紀
にはオーストラリアの捕鯨船によって確かめられたと言われている。
 その後、各種の地図に載った。近年ではグーグルの地図や権威あるタイ
ムズ世界地図帳にも載っていた。

 その場所はフランスの領海である珊瑚(さんご)海。ニューカレドニア
島から西北西約400キロメートルのところだ。オーストラリアとフランス
領ニューカレドニアの中間である。

 だが、2012年に行われたオーストラリアの観測船の調査では、島は影も
形もなかった。島があるとされていた場所は水深1400メートルもある
深海だった。サンディ島は幻の島だったのだ。

 この調査後、グーグルの地図からも、タイムズ世界地図帳からも消され
ている。200年間も地図上にあった島は消えたのだ。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年2月24日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-03-03 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)
主要活断層、16追加…

全国計113か所に


読売新聞 2/21(火) 21:09配信より一部

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170221-00050103-yom-sci

 政府の地震調査研究推進本部は21日、マグニチュード(M)7級以上の地震が起きる可能性がある「主要活断層帯」に、関東(山梨など含む)、中国、九州地域の16断層を新たに追加した。

 97あった主要活断層帯はこれで113となった。主要活断層帯の追加は2005年以来、12年ぶり。

・・・(途中略)

九州電力川内(せんだい)原発
(鹿児島県)に近い
甑(こしき)断層帯などが含まれている


・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2017-02-22 06:45 | 地震 大災害 | Comments(0)
<熊本地震>
阿蘇で地層が1.5メートル横ずれ


毎日新聞 2/20(月) 21:59配信より一部

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170220-00000082-mai-soci

 ◇九大などの研究チーム発表

 熊本地震の後、熊本県阿蘇市の内牧(うちのまき)温泉で一時的に湯が出なくなったのは、地下約50メートルから上の地表部分の地層が水平方向に約1.5メートル移動したことが原因だったと、九州大などの研究チームが20日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」(電子版)に発表した。
移動した地層は
表面積で数平方キロに及んだ。
傾斜地でもない場所で
大規模に地層がずれる現象が確認された
のは初めてという


 九大カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所の辻健准教授(地球物理学)を中心とした研究チームは熊本地震後、
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の
衛星データを解析し、
地震の揺れによる地表変動を調べた。
その結果、
内牧温泉周辺の地表が、
北西の阿蘇外輪山方向に移動していたことが分かった


 移動方向の北西側の端では、水田脇のコンクリートブロックが持ち上がるなど地層が圧縮された形跡が見られ、逆に南東側の端には最大で幅1メートル以上の大きな亀裂が多数できていた。研究チームはこの亀裂について、熊本地震を引き起こした布田川(ふたがわ)断層の横ずれではなく、地層が移動して引っ張られたことによるものと結論付けた。北西側の端から南東側の端まで約2キロあり、全体で数平方キロが移動したことになる。

 研究チームがさらに、温泉の井戸内部を小型カメラで調査したところ、五つの井戸の深さ約50メートル付近で、湯をくみ上げる管が破損したり、曲がったりしていた。

 内牧温泉付近では、地下約50メートルに温泉脈から上がってきた湯がたまる「温泉貯留層」があり、その上は水を通しにくい泥の層になる。温泉貯留層は小石などで構成されているため、地震の揺れで石の隙間(すきま)が狭まって水圧が高まったことにより液状化を起こし、この層が「滑り面」となって上の地層が移動した可能性が高いと見ている。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2017-02-21 06:43 | 地震 大災害 | Comments(0)
油断した人々をのみ込む津波地震 
 南海トラフ、慶長地震に第3の学説がある理由
島村英紀(地震学者)

たんぽぽ舎です。【TMM:No3006】
2017年2月20日(月)午後 08:25
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■2.油断した人々をのみ込む津波地震 
 |  南海トラフ、慶長地震に第3の学説がある理由
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その186
 └──── 島村英紀(地震学者)

 南海トラフ地震が恐れられている。
 南海トラフの大地震の「先祖」は過去に13回知られているが、このうちでも慶
長地震には不思議なことが多い。もしかしたら、まっとうな「先祖」ではないの
ではないかと言われている。
 慶長地震が起きたのはいまの暦で1605年2月3日。「次の」宝永地震が起きたの
は1707年だったから、100年しかたっていない。宝永地震のような超巨大地震のエ
ネルギーがそんなに早く溜まるのかという疑問が昔からあった。
 そして、慶長地震では津波による溺死者が約5000〜10000人と甚大だった割には、
地震による被害が、とくに西日本で小さかったことも不思議だった。

 慶長年間は20年もなかったのだが、慶長伊予地震、慶長豊後地震、慶長伏見地
震など、西日本各地で大地震が相次いだ。これらの地震では被害や揺れの記録が
書き残されている。だから、慶長地震の被害だけが記録されなかったことはある
まい。
 このため慶長地震が南海トラフに起きたのではなく、八丈島南方の伊豆小笠原
海溝で起きたという学説が出されている。房総半島の東岸では、地震を感じて
10分ほどで10メートルもの津波が襲ってきたことが、それを裏付けるように見え
る。
 だが、西日本でも大津波が襲ってきた。徳島県・鞆浦(現海陽町)で10メート
ル、宍喰(同)で6メートルもの津波が来て死者数千人、高知県でも甚大な被害を
生んだ。伊豆小笠原海溝で起きた地震だとすると、途方もなく大きな地震でない
と、房総半島から九州にかけての広い地域の大津波が説明できないという難点が
あった。

 このため、第三の学説が出た。それは「津波地震」である。地震断層の動きが
ゆっくりなために津波だけを大きく生む地震のことだ。
 人体に感じたり、建物を壊すのは、数Hz(ヘルツ)以上の短い周波数の揺れだ。
だが、津波地震は短い周期の揺れよりは、数秒より長い周波数を強く出す。大し
た地震ではないと油断している人々を、大きな津波が襲うことになるのである。
 たとえば1896年の明治三陸地震はこの仲間だった。東日本大震災(2011年)よ
りも多い22000人もの死者行方不明者を生んでしまった。

 有名な津波地震は1946年のアリューシャン地震だ。地元のウニマク島を高さ
35メートルもの津波が襲った。
 津波は遠くハワイ諸島も襲って約150人もの犠牲者を生んだ。この津波を契機に
3年後、太平洋津波警報センターがハワイに作られた。太平洋全域の津波を監視し
て各国に情報を流している。

 この種の津波地震が、どういう条件のときに、どこで起きるのかは、まだ分か
っていない。地震というよりも、海底地滑りに近いものが津波地震ではないかと
いう説もある。
 南海トラフ地震は、同じような大地震が繰り返しているのではない。違うもの
が起きる可能性があるのだ。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
   「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年2月17日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-02-21 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)
繰り返されてきた連動地震の恐怖
 南海トラフ地震ももしかしたら…

島村英紀(地震学者)


たんぽぽ舎です。【TMM:No3001】
2017年2月14日(火)午後 11:04
地震と原発事故情報より一部

┏┓
┗■2.繰り返されてきた連動地震の恐怖
 |  南海トラフ地震ももしかしたら…
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その185
 └──── 島村英紀(地震学者)

 日本史上、もっともナゾが多い巨大な地震がある。天正地震だ。
 天正13年11月29日、いまの暦では1586年1月18日に起きた地震。
被害は、現在の福井県、石川県、愛知県、岐阜県、富山県、滋賀県、京都
府、奈良県、三重県に広く及んだ。


 現在の富山県にあった木舟城は、液状化であっという間に姿を消したと
言われている。城主ら城内の人はもちろん死亡した。
 滋賀県にあった長浜城が全壊、山内一豊の娘と家老が死亡した。
 また岐阜県にあった帰雲城も岩屑なだれに巻き込まれて城主など一族
が滅亡。岐阜県にあった大垣城や愛知県にあった清州城も液状化で倒壊し
たり焼失するなど、各地の城に大被害を与えた。
 このほか滋賀県長浜では地震で液状化と地すべりが起きて、集落が琵琶
湖に水没してしまった。また三重県・桑名宿は液状化で壊滅した。岐阜
県・白川郷でも300戸が液状化に呑み込まれたり倒壊した。
 だが、この被害は一部に違いない。当時は戦国時代の末期で、まだ豊臣
秀吉が東日本を支配する前だった。歴史資料がちゃんと残っていない時代
だったからだ。

 大地震の被害の広がりはマグニチュード(M)7.9を記録した1891年の
濃尾地震よりもずっと大きかったことになる。濃尾地震は日本最大の内陸
地震で、被害の範囲は岐阜、愛知、滋賀、福井の各県に及んだ。死者行方
不明者は7000人以上、全壊家屋は14万戸以上にも達した。
 だが、天正地震には、濃尾地震のときにはなかった津波が日本海岸の若
狭湾、太平洋岸の三河湾の双方を襲って多くの溺死者を出すなど、津波で
も大被害を生んだ。
 それだけではない。はるか離れた宮城県南三陸町の言い伝えに「畿内、
東海、東山、北陸大地震の後に津波来襲」という記述がある。また北アル
プスの焼岳が地震のときに噴火したという言い伝えもある。
 昔だから正確なマグニチュードは分からないが、とんでもない大地震が
日本の中央部を襲った可能性がある。
 だが一方で、一つの地震としてはあまりに広い範囲に被害記録がある。
しかも太平洋岸でも日本海岸でも津波が来たことから、もしかしたら、一
つの地震ではなくて、複数の地震が相前後して起きたのではないかという
疑いがあるのだ。

 じつは、濃尾地震も内陸直下型地震としては異例の大きさだった。内陸
の地震としては地震学の常識より10倍もエネルギーが大きな地震が起きた
のだ。このため、複数の断層が連動したのではないかという学説もある。

 そもそも、大地震が起きたことによって、隣や近隣の地震が起きやすく
なることがある。たとえば1854年に起きた安政地震は、32時間おいて、
また大地震が西隣で起きた。安政東海地震と安政南海地震である。

 これらは、ともに南海トラフ地震の先祖である。恐れられている南海ト
ラフ地震も、もしかしたら、一つ起きれば、それで終わりではないのかも
知れない。

(島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年2月10日の記事)
by kuroki_kazuya | 2017-02-15 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)