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by 幸田 晋

チェルノブイリ原発事故から30年、今も残る放射線

チェルノブイリ原発事故から30年、
今も残る放射線


TBS 26日18:01より一部

 ウクライナのチェルノブイリで起きたあの原発事故から4月26日で30年です。5年前に起きた福島第一原発の事故と比較しますと、福島が津波などによる電源喪失が原因だった一方で、チェルノブイリは設計ミスと運転ミスというのが原因でした。原子炉本体が燃料とともに爆発を起こし大量の放射性物質が放出されてしまいましたが、その放出量は福島と比べると6倍だったとされています。

 チェルノブイリでは核燃料取り出しのめどすら立っておらず、周囲には絶望的な廃虚の街が広がっています。その現場で今、金氏裕之記者が取材中です。チェルノブイリには福島の問題解決のヒントというのはあるのでしょうか?

 事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機前はコンクリートで覆われていますが、ひびだらけで老朽化が進んでいます。そこで今建設されているのがこの巨大なシェルターで、今年中には4号機を包み込む予定です。

 事故から30年目の4月26日、ウクライナ各地では追悼セレモニーが行われています。5年前の福島の事故直後にもここに取材に来ましたが、セレモニーに行くと、多くの人が駆け寄って自分のことのように心配してくれたのを覚えています。そして今も、福島へのウクライナの人たちの気持ちは変わっていません。あれから30年のチェルノブイリの現実を取材しました。

 事故の後に被ばくした作業員たちが運ばれてきた病院です。まだ当時の服の切れ端のようなものが残っていますが、非常に高い値を示しています。毎時41マイクロシーベルトという非常に高い数値をいまだに示しています。

 廃墟と化した建物。チェルノブイリ原発から2キロほど離れたこの場所は、かつて病院でした。30年前の4月26日、チェルノブイリで原子炉が緊急停止の実験中に制御不能になりました。当時、爆発現場で事故処理に当たり大量の放射能を浴びながら倒れた人々が、次々にこの病院に運ばれました。病院の5階、まさにこの部屋に被ばくした作業員たちが運ばれてきました。

 病院の中の放射線量は多くの場所で毎時およそ0.3マイクロシーベルト程度ですが、被ばくした作業員の治療に使われたものでしょうか。今も残っているガーゼを測定すると、毎時111マイクロシーベルト。日本で避難の基準となっている年間20ミリシーベルトをおよそ1週間で超えてしまう放射線量です。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2016-04-28 06:58 | 核 原子力 | Comments(0)