スキーにはまっています。


by 幸田 晋

安倍・黒田コンビが日本経済を死なせたと喝破した高橋乗宣

みなさま、時間のアル時に
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お出で頂きたい。と、思います。<<KK>>

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安倍・黒田コンビが日本経済を死なせたと喝破した高橋乗宣

「天木 直人の公式ブログ」  2017年6月30日より転載

 私の専門は外交だから、外交批評については誰にも負けないと自負して安倍外交の誤りを厳しく指摘して来た。

 私の安倍外交批判は正しく、いまや安倍外交は、誰がどのように弁護しようと、国際政治の激しいせめぎ合いの中で、敗れ、完全に行き詰まってしまった。

 しかし、安倍政権の行き詰まりは外交だけではないはずだ。

 おそらくそのすべての分野でおかしくなっているに違いない。

 特に、安倍政権の一丁目一番地であるアベノミクスこそ、完全に失敗に終わったのではないか。

 きのう29日に発表された、平成28年度の税収がリーマンショック以来、7年ぶりに前年度を1兆円も割り込んだ、というニュースを見てそう思った。

 しかし、私は経済の専門家ではない。

 だから私がそう大声を出して批判しても迫力はない。

 いまこそ経済専門家は、安倍政権の経済政策の破綻を国民の前で明らかにすべきではないか。

 そう思っていたら高橋乗宣というエコノミストが昨日(6月30日号)の日刊ゲンダイの連載で書いた。

 自分は経済が専門で、当欄は「日本経済一歩先の経済」と題しているので、「経済」をテーマに取り上げたいのだが、最近は「安倍政治」を扱う事が多い、と。

 なぜそうなるのか、彼が書いたその理由がふるっている。

 それは、安倍首相と黒田日銀総裁のアベ・クロコンビのせいで、市場経済の動きと流れがまったく見えなくなってしまったからだと。

 経済が死んだも同然になってしまったからだと。

 日銀のマイナス金利、国債の買い漁り、株式市場介入などが、マーケットの自由な取引を終わらせたと。

 死んでしまった経済には「一歩先」も「半歩先」もないと。

 これを要するに、経済の事を書きたくても書けなくなったと言っているのだ。

 高橋乗宣氏は三菱総合研究所主席研究員、理事などをへて明海大学大学院教授、相愛大学学長などを歴任した経済の専門家だ。

 その専門家が経済で書くことがなくなったと言っているのだ。

 これ以上の厳しい批判はない。

 なぜそうなったのか。

 人事だ。

 なれるはずがなかった日銀総裁の座を手に入れた黒田総裁は、黒を白と言い続ける安倍首相に、何があっても従わざるを得ない。

 まさしく政治によって行政が歪められたのだ。

 それは文科省だけではない。

 外務省も財務省も、いや、その他のすべての省庁がそうだ。

 これでは正い政策が行えるはずがない。

 この国の政治と行政の関係は、根本的に見直されなければいけない。

 そして、それは待ったなしだ。

 さもなければ日本という国が死んでしまう(了)

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もはや国家戦略特区制度など必要はない

「天木 直人の公式ブログ」  2017年6月30日より転載

 国家戦略特区制度を悪用、私物化して、安倍首相は「腹心の友」である加計学園を優遇したのではないか。

 こう批判された安倍首相は、誰に入れ知恵されたか知らないが、文科省こそ抵抗勢力であり獣医学部新設に反対して来た元凶だ、だから国家戦略特区制度の下で、みずからドリルの先になって岩盤規制に穴をあけたのだと、強調して見せた。

 あきらかな問題のすり替えだ。

 しかし、このすり替えに加担するかのごとく、国家戦略特区制度を擁護する者たちが出て来た。

 国家戦略特区制度をみずから提唱し、甘い汁を吸って来た竹中平蔵が、その先頭に立って真っ先に国家戦略特区制度を擁護したのは当然だ。

 当然すぎて、笑ってしまう。

 しかし、元官僚や経済評論家たちまでもがここまで国家戦略特区制度を擁護するのはおかしい。

 ましてや安倍首相が国家戦略特区制度に頼るのはおかしい。

 そもそも、国家戦略特区とは、現行の行政の下では出来ない政策を、地区を限定的に絞って例外的に認める制度だ。

 その前提として、巨大な官僚組織の規制という岩盤がある。

 つまり、官僚組織の抵抗を一気に排除する事は、いくら強い政治的リーダーシップでも難しいので、例外を認めて、そこから徐々に岩盤を崩していく、そのために必要な戦略が国家戦略特区というわけだ。

 確かに、これまでは、国家戦略特区制度は意味があったかもしれない。

 官僚組織の抵抗は強かったからだ。

 しかし、小泉政権下で、政治主導が強まった。

 そして安倍政権の下で内閣人事局が出来て、官僚組織が完全に安倍政権に屈服してしまった。

 今となっては、安倍首相がその気になれば、国家戦略特区をつかって例外的な政策を取らなくても、その気になれば思う政策を全国的に実現できるのだ。

 それが証拠に、安倍首相は、これからは全国に獣医学部をつくると命じた。

 この鶴の一声で、安倍政権は何でもできるのだ。

 それにしても、国家戦略特区制度を擁護する官僚たちは情けない。

 悪いのは官僚組織だ、官僚組織こそ抵抗勢力だ、という非難を自ら認めているようなものだ。

 官僚組織のすべてが悪いはずがない。

 官僚の中には、国民の為に正しい政策を実現ようとまともな仕事をしてる者も多いはずだ。

 安倍首相の加計学園疑惑隠しに加担して、いまさらながら国家戦略特区制度を擁護する官僚たちこそ、官僚組織をダメにしてきた連中なのである(了)

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習近平は今すぐ劉暁波氏を自由にすべきである

「天木 直人の公式ブログ」  2017年6月30日より転載

 末期肝臓がんと診断された劉暁波氏を釈放したまではよかったが、その治療で出国を認めるかどうかで、中国政府がかたくなになっている。

 この対応を誤ると、習近平の中国は手厳しい国際批判を受けるだろう。

 本人や妻がそう希望し、海外での治療が少しでも延命に望みがあるなら、習近平は直ちに出国を認めるべきだ。

 そうしない習近平は大きな過ちを犯すことになる。

 私がそう思ったのは、きの6月29日の毎日新聞「木語」で、坂東賢治専門編集委員がこう書いていた事を読んだからだ。

 中国を代表する文豪の魯迅について、毛沢東はかつて次のように評価したという。

 「牢につながれても書き続けるか、道理をわきまえて声を立てないかだろう」と。

 これを聞いた当時の知識人は、声を立てれば投獄するという毛沢東の冷徹さに冷や汗を流したという。

 魯迅の一筋縄でいかない反骨心を、毛沢東は見抜いていたのだ。

 そして坂東氏は、毛沢東のいう、「牢につながれても書き続ける」姿勢を貫いた者こそ、89年に留学先の米国から帰国して天安門での学生運動に参加した劉暁波氏だという。

 その劉暁波氏は、2010年のノーベル平和賞授賞式の「私に敵はいない」と題するスピーチの中で、次のように語ったという。

 「私は未来の自由な中国の誕生を楽観的に期待している。なぜなら自由を求める人間の欲求はどんな力でも止めることができないからだ」と。

 この劉暁波氏を見て、私は南アのマンデラを思い出した。

 投獄につながれたマンデラを獄死させるわけにはいかない。

 なぜならマンデラが投獄のまま死ねば、その時こそ黒人の暴動は頂点に達するからだ。

 さりとてマンデラを釈放させるわけにはいかない。釈放したとたん黒人の暴動が頂点に達するからだ。

 このジレンマは、国際圧力に屈した南アの白人政権がマンデラを釈放し、そのマンデラが暴動を抑えて選挙で大統領になった事で平和裏に解決した。

 いままさに、劉暁波氏は中国のマンデラだ。

 中国で病死させるわけにはいかない。

 習近平は毛沢東を師と仰いでいるらしい。

 しかし、いまこそ習近平は、毛沢東を超えなければいけない。

 劉暁波氏を自由にするのだ。

 その事によって起きる政治的リスクを受け止めるだけの寛容さを示すのだ。

 寛容さが必要なのは、劉暁波氏の出国だけではない。

 香港や台湾で見せる一つの中国への性急なこだわりだ。

 南シナ海における軍事覇権の強化だ。

 このままいけば習近平は世界の平和に背く国になる。

 それは中国だけではないが、いまこそ習近平の中国こそ、世界の指導国を目指すのなら、憲法9条の精神が必要なのだ。

 その事を、習近平の中国に諭す事が出来る国は、世界広しといえども憲法9条を持つ日本しかない。

 ところが、その日本の首相は、みずから憲法9条を手放して、中国と敵対しようとしている。

 これ以上ない間違いである。

 残念でならない(了)

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by kuroki_kazuya | 2017-07-01 06:05 | 日本の今後 | Comments(0)