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by 幸田 晋

世界一外交ベタの米国とそれに追従する日本の外交不在

みなさま、時間のアル時に
是非、「天木 直人の公式ブログ」へ
お出で頂きたい。と、思います。<<KK>>

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世界一外交ベタの米国とそれに追従する日本の外交不在

「天木 直人の公式ブログ」  2017年9月5日より転載

 ブッシュの米国がネオコンに支配されていた時、そのネオコンのひとりであるロバート・ケーガンという人物がこう言ってEUを驚かせたことがあった。

 つまり国際協調を重視するEUは軍事力が弱くなった証拠だ。彼らだって軍事力が強い帝国主義の時代は軍事力ですべて解決してきた。いまや世界最強の軍事力を持つ米国が、軍事力ですべてを解決しようとするのは当然だ、と。

 この言葉は見事に米国の外交ベタを言い当てている。

 確かに軍事力を使った米国に歯向かう事のできる国は世界に存在しない。

 しかし、そのことは逆に、軍事力の行使が出来ない米国ほど無力、無能な国はない、ということだ。

 いま我々は北朝鮮の危機を前にしてそれを目撃している。

 北朝鮮の瀬戸際外交は言うまでもなく、ロシアや中国の二枚舌外交や、米国と一線を画す独仏外交や、大国間の対立に翻弄されるアセアン諸国でさえも、巧みな外交で必死に国益を守ろうとしている。

 それにくらべ、北朝鮮攻撃に踏み切れない米国は、「あらゆる選択はテーブルにある」という言葉を繰り返すしかない。

 そして武力行使をしたらお終いであり、武力行使が出来ないまま、北朝鮮に翻弄され、譲歩を強いられている。

 これはトランプ大統領だからではない。

 あのオバマ大統領でさえ、武力行使を自制して、米国の国際的影響力を低下させた。

 まさしく米国ほど外交ベタな国はないのである。

 そんな米国に従属するしかない日本が外交ベタあるのは当然だ。

 いや、日本は外交ベタ以前に外交不在なのだ。

 アントニオ猪木氏が7-11日に訪朝を予定している事について、菅官房長官がきのう4日の記者会見で不快感を示したらしい。

 政府の方針に従って訪朝見送りを求めたというのだ。

 これが、アントニオ猪木氏に極秘外交を託した事を隠すポーズならわかる。

 しかし、もし本気でアントニオ猪木氏に訪朝見送りを求めているとしたら、これほど愚かな事はない。

 アントニオ猪木氏が北朝鮮との関係でどのように無責任な言動をしても、政府とは無関係だといって一蹴できる。

 その一方で、政府とは無関係なアントニオ猪木氏を使って、北朝鮮との極秘の話し合いや取引は、どんな内容であろうが、やろうと思えば出来るのだ。

 アントニオ猪木氏を使わない手はない。

 あの料理人の藤本氏の時もそうだったが、何でもかんでも外交は外務省が一元的に行おうとするから外交不在になるのだ。

 外務省が有能なら一元化もいいだろう。

 しかし、今の外務省は、安倍・菅暴政に人事を握られて崩壊状態だ。

 日本外交が不在であるのも無理はない(了)

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二大保守政党制に向かう政局を予言する共同通信の世論調査

「天木 直人の公式ブログ」  2017年9月5日より転載

 前原民進党が決まった後に、共同通信が真っ先に世論調査を行った。

 その共同の世論調査結果を見て私は直感的に思った。

 衆院解散・総選挙に向けた政局において、そしてその結果がどうであれ、その後の政局において、日本はいよいよ二大保守政党制に向かって政界大編成が進むに違いないと。

 共同通信の世論調査が教えてくれた一つは、前原民進党に期待する国民より、期待しない国民の方が多い事だ。

 これは、いくら前原代表が全力を振り絞っても、民進党のままでは政権を取れる野党第一党にはなれないということだ。

 実際のところ前原代表は、代表になる前から民進党にこだわらないということまで口にしていた。

 よくわかっていたのだ。

 その方向で動いて行くだろう。

 二つは、小池新党への期待の低さだ。

 小池新党が国政に参加することを望まない国民が、望む国民よりはるかに多い。

 この事は、小池都知事の最近の一連の言動が、小池百合子という政治家の本性を露呈したことと無縁ではない。

 もはや小池百合子への期待が急速に失速しつつあるということだ。

 三つ目は安倍政権の支持率が依然として不支持率より低いということだ。

 安倍首相という政治家に対する国民の反発は依然根強いのである。

 もし臨時国会冒頭から加計・森友疑惑追及が再開されれば安倍不支持率は再び大きくなるだろう。

 もはや安倍自民党では戦えないということだ。

 最後に私が注目したのは、共産党との連立政権を望まないという国民が過半数を占めていることだ。

 これは、野党共闘がいくら成功しても、選挙協力どまりであり、選挙協力どまりの共闘は、悪く言えば野合、よく言っても、既存の政党、政治家の選挙における票の奪い合いでしかないということだ。

 野党共闘などといのは、既存の野党、野党政治家にコミットした政治好きの限られた国民にとっては一大事であるかもしれないが、大多数の一般国民にとっては、国民を置き去りにした、つまらない政治ゲームなのである。

 この4つの世論から何が見えて来るのか。

 それは、ポスト安倍をめぐる分裂含みの自民党と、政界大政変を望む前原民進党と、期待が先行した後に失速しつつあるが、それでもなお国民の期待を維持している小池新党の、政権争奪の合従連衡が始まるという事である。

 保守でありながら、いかにリベラルを取り入れて国民の期待に応えるか、いわゆる保守のリベラル競争が始まるのだ。

 その一方で、共産党は選挙の時だけは選挙協力の一点で存在感を示す事は出来ても、選挙後の政治においては、政策形成のプロセスに入る事はない。

 これを要するに、これからの日本は、いわゆる保守二大政党による政権交代の時代に向けて動き出すということだ。

 そしてそれは、安倍政権のような改憲、極右ではなく、日米安保と憲法9条の矛盾を巧みに両立させ、常識的で現実的な政策を競い合う政治になる。

 まさしく安倍以前の自民党政治に戻るということだ。

 つまり政権交代というよりも派閥の権力争いによって、行き過ぎた政治が監視、抑制される政治になっていくのだ。

 岸田でも石破でも前原でも小泉でも小池でも、大した違いはないのである。

 55体制時代のような左翼大衆政党である社会党がなくなってしまうだけ、より保守的、現実的な時代になる。

 これが小選挙区制の選挙の行き着く先である。

 それは取りも直さず日米同盟最優先の政治が続くという事であり、官僚組織をうまく使う政治に戻るという事である。

 それが日本国民の選択なのだ。

 この私の予想を裏切って、まったくい新しい政治の動きが出て来ないと政治は面白くならない。

 若者の政治離れは変わらない(了)

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by kuroki_kazuya | 2017-09-06 06:05 | 日本の今後 | Comments(0)