スキーにはまっています。


by 幸田 晋

埼玉県議会へ抗議の集会・デモ・抗議文提出 原子力発電所の再稼働を求める意見書」の撤回を求める 

「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた
原子力発電所の再稼働を求める意見書」の撤回を求める
    埼玉県議会へ抗議の集会・デモ・抗議文提出と記者会見

      坂東喜久恵(たんぽぽ舎)

たんぽぽ舎です。【TMM:No3261】
2018年1月11日(木)午後 10:19
地震と原発事故情報
より一部

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┗■1.「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた
 |  原子力発電所の再稼働を求める意見書」の撤回を求める
|  埼玉県議会へ抗議の集会・デモ・抗議文提出と記者会見
 | 短期間の呼びかけですが、多くの人が駆けつけました(1月10日)
 └──── 坂東喜久恵(たんぽぽ舎)

◎ 埼玉県議会で12月22日とんでもない「意見書」が採択されたことは、12月
27日発信【TMM:No3257】にてお知らせしましたが、急きょ「抗議文」を作成し、
賛同人を募り、集会の呼びかけがなされました。
 前日までに寄せられた賛同人3130人、賛同団体141(まだ増えていると思いま
す)。

◎ 1月10日の昼、最寄り駅の浦和駅西口前には多くの人が集まっていました。
埼玉県民だけでなく近隣の人たち。そして、原発現地から駆け付けた方たちも。
 デモの前の小集会では、東電福島第一原発事故の被害を受けた大熊町議員の木
幡ますみさんと郡山市議の蛇石郁子さんが事故の後の大変さがいかなるものかを
訴え、茨城県東海村の相沢一正さんが老朽原発の東海第二原発の問題を、新潟の
武本和幸さん(原発反対刈羽村を守る会)からは柏崎刈羽原発の問題を。
 そして、埼玉県議会の無責任さをみんなで抗議。

◎ ジョニーHさんが歌で皮肉った「安全だというなら原発を埼玉県に作って、
廃棄物処分場は埼玉県に」にみんなで喝采。実際他県の人たちからは「廃棄物処
分は埼玉に」と言われているそうですが、そうですよね。
 県庁までのデモは「埼玉県議会は決議を撤回しろ」「埼玉の恥だ」の声を上げ
アピール。

◎ その後、抗議文の提出と記者会見。その間参加しない人は市民ホールで待機。
その間に野党の議員さんたちからなぜこんな意見書が決議されてしまったのかを
聞きました。
 意見書は全会派一致のところが多いのに、ここでは多数決。おまけに議会最終
日に出され、内容も件名だけで事前に開示されないというとんでもない議会運営。
議会改革も必要です。これも応援して変えていかなければ。絶対に他に広げては
いけません。

◎ 何しろ決議されたとき、この問題を報道したのは東京新聞1社だけ。記者会
見では、記者クラブの記者たちの勉強不足を痛感したそうです。
 今後の対応や活動については、地元中心にいろいろ精力的に発信していくとの
こと。たんぽぽ舎でも随時お知らせしていきます。

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┗■4.不意打ちでやってくる・時期も場所も予測できない「次の大地震」
 |  元日に起きた石狩地震
 |  “東海地震一色”の中で起きた阪神淡路大震災
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その229
 └──── 島村英紀(地球物理学者)

◎ 自然現象は年末や年始にも起きる。人間の都合を考えて起きてくれるわけで
はない。
 元旦に大地震が起きたことがある。天保5年1月1日に起きた石狩地震だ。起
きたのは午前10時頃だった。正月早々の地震は大きな衝撃だった。いまの暦では
1834年2月9日になる。
 震源は札幌北方の日本海岸の石狩川河口付近。現在の石狩市付近に集まってい
た人家が損壊し、地割れが生じて泥水が吹き出したと記録されている。石狩川河
口は札幌駅から20キロあまり北だ。
 81戸全半壊と記録にあるが、そもそも人口密度がごく低かった。いま200万都市
になった札幌市が拡がっている地域には、現在では想像もつかないくらい人がい
なかった土地だった。

◎ ところが、近年、液状化の跡が北海道大学農場の跡地で見つかった。札幌市
埋蔵物調査室によって遺跡調査が行われときのことだった。札幌駅の北2.5キロに
ある市街地の真ん中である。
 液状化の大きな跡があったということは、震度6だった可能性が強いというこ
とだ。
 震源から約20キロも離れた現在の札幌市内でも震度6が発見されたことは、震
度6の領域がかなり広かったことになる。その後市内各所で掘削が行われ、ここ
以外でも液状化の跡が見つかっている。

◎ つまり、この石狩地震のマグニチュード(M)は、それまで推定されていた6.
4よりもずっと大きかった可能性がある。
 北海道に住んでいた先住民族は文字を持たなかったから歴史記録は残っていな
い。たとえ大地震があったとしても、本州のようには昔の地震について知られて
いないのだ。だから19世紀の大地震でも歴史記録はほとんど残っていない。
 札幌は有感地震も少ない。転勤族が多いところだが、本州から転勤してきた人
たちは地震の少ないことに驚く。首都圏は1~2週間に一度、年間で50回も有感
地震があるが、札幌は年間にせいぜい5回ほどだ。それも、札幌から遠いプレー
ト境界である太平洋岸沖の地震が多い。
 それゆえ、札幌は日本の大都会としては地震の危険が少ないところだと思われ
ている。
 しかし私たち地球物理学者から見れば、札幌も日本の他の場所と同じく、地震
の危険性がない場所ではない。
 札幌市はもともと豊平(とよひら)川の扇状地に開拓されたのだが、戦後は扇
状地と泥炭地の境にある東西に走る鉄道線路を越えて泥炭地で地盤が軟弱な北部
にも発展してきた。しかし都会になってからは、一度も大地震を経験していない。

◎ 札幌には限らない。1970年代の「東海地震騒ぎ」と地震予知が可能だとした
大震法(大規模地震対策特別措置法)を受けて、世の中が東海地震一色になった
ときに阪神淡路大震災(1995年)が起きて大きな被害を生んでしまった。
 それと同じように、南海トラフ地震が「次に起きる大地震」に違いない、とい
う思い込みがはびこっている現在こそ、じつは時期も場所も予測できない「次の
大地震」が日本のどこかで起きるかもしれないのである。

  (島村英紀さんのHP http://shima3.fc2web.com/
  「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年12月29日の記事)

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by kuroki_kazuya | 2018-01-12 06:15 | 核 原子力 | Comments(0)