スキーにはまっています。


by 幸田 晋

ある日、イオンが消える……「残された」住民の思いを聞いてみた

ある日、イオンが消える……

「残された」住民の思いを聞いてみた 

業界の競争に揺れる「地方のインフラ」


6/26(火) 7:00配信より一部

withnews

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180621-00000002-withnews-l41

 ある日、イオンが消えてしまったら……。もはや生活の一部になっている大型ショッピングセンターの代名詞「イオン」の閉店を突きつけられた町が佐賀県にある。「イオンがあるから転居してきた」。そのイオンがなくなる。住民たちの思いと、他県での事例を追った。

「イオンがあるから転居」

 栄枯盛衰がつきものの小売業界。中でも九州は「安売り競争が特に激しく、生き残りはたいへん」(関係者)という。

 そんな中、佐賀県上峰町にある大型商業施設「イオン上峰店」が来年2月末に閉店することが決まった。 

 閉店決定を受けて記者会見した武広勇平町長の「イオンがあるから、と、この町に転居してきた人も多い」という発言に象徴される通り、閉店が正式に決定したことによるショックは大きい。

「心配ないと思って越してきたのに」

 「このあたりでは、久留米の街中にでも住まない限り、年をとって車を手放したら生活が成り立たなくなる。銀行のATMから飲食店まで何でもそろうサティが隣にあれば心配ない、と思って越してきたのに」

 年金暮らしの高木楠子さん(70)が福岡県小郡市から、イオン上峰店に隣接する上峰町内の「中の尾団地」に転居してきたのは10年前。1996年から2010年まで、前身の「上峰サティ」にテナントとして入っていたシネコンに映画を見に来たこともあり、もともとなじみがあったという。

 「いろんなテナントが引き払ってしまい、店内はだいぶさびしくなったけれど、広島に住む娘のところに行くときに佐賀土産のお菓子をぱっと買えるのは便利だった。閉店後はどこで買えばいいのか、見当もつきません」

スカスカだった団地、一気に完売

 戸建て住宅が整然と並ぶ中の尾団地は1970年代に開発された。汚水の集合処理により水洗トイレを完備するなど当時の佐賀県としては先進的な団地だったが、郡部という立地のせいか、発売当初は不人気だったという。

 「私が土地を買った1988年には210区画のうち40区画しか売れておらず、スカスカでした」と元自治会長の城野武敏さん(77)は振り返る。

 それを一転させたのは上峰サティの進出だった。出店前後から人気が沸騰。あっという間に完売したという。

 「当時のサティの商圏は福岡県久留米市や佐賀市にまで広がっていた。いろいろな所から人が集まる魅力的な街として一躍、好印象になったのでしょう」

「町長の手腕に期待したい」

 サティによって人を集めた団地。その後継のイオンがなくなった後は、どうなってしまうのか。

 武広町長は、イオン九州(福岡市)が所有するイオン上峰店の敷地を閉店後に町が買い取り、かつての商圏をカバーする広域的な交流拠点として整備する考えを表明している。

 城野さんは「イオンを利用してきた住民の声にこたえるため、銀行のATMが残るなど、商業拠点としての機能を引き継げるような跡地利用をぜひとも実現して欲しい。町長の手腕に期待したい」と話す。

広い商圏があだに

 「イオン上峰店」の前身の「上峰サティ」がオープンしたのは1995年。既存商店街を守るという名目で大型店の出店を規制する役割を果たしてきた大規模小売店舗法(大店法)が廃止される前だった。

 久留米市や佐賀市など商店街が強い地域には、まだ郊外型の大型店が少なかったため、幅広い商圏からの集客が可能だった。

 ところが2000年に大店法が廃止され、規制が緩やかな大店立地法に移行すると、これらの地域への大型商業施設の進出が活発化。上峰サティは広い商圏があだとなって多方面の後発店との競合にさらされた。

建物老朽化、衰退止まらず

 そうした中、運営母体のマイカル九州が2001年に経営破綻(はたん)に陥る。

 イオン九州への合併を経て、2011年に店名を「イオン上峰店」に変更。翌2012年のリニューアルなどでてこ入れを図ったが、建物の老朽化も進み、衰退に歯止めをかけることはできなかった。

再生した事例も

 もはや、地方に住む人にとって日常生活に不可欠な存在ともいえる郊外の大型ショピングセンター。主要テナントの経営破綻という「イオン上峰店」と似た経緯をたどりながら、主要テナントを入れ替えて再生することに成功した施設がある。

 山口県山陽小野田市の「おのだサンパーク」は、1983年の開店当初の主要テナント、「寿屋」が2001年に経営破綻し、翌年に撤退したが、代わりに「フジグラン」、さらには「ゆめタウン」が入った。

 テナントを入れ替える間に全面リニューアルと増床も成し遂げ、現在も開店当初に勝るともに劣らない集客力を維持している。


似た商圏、運命の分かれ道は……

 おのだサンパークの運営会社である「小野田商業開発」の元社長、岩佐謙三さんは、九州方面への出張のついでに、開店当初話題を呼んでいた上峰サティを訪ねたこともあるという。

 「宇部や下関といった近隣のより大きな都市を商圏にするウチと似ていた。広い商圏を支える上峰サティの2千台超の駐車場を見て、これはいけるな、と思ったものです」
 
 では、運命の分かれ目はどこにあったのか。岩佐さんは「ディベロッパー(運営会社)の性格の違い」を挙げる。

地域密着の会社「閉店という選択肢はない」

 上峰サティの運営会社は「九州ニチイ」から「マイカル九州」に商号変更、さらに「マイカル九州」を吸収合併した「イオン九州」と変遷した。

 それに対し、おのだサンパークを運営するのは、小野田商工会議所の役員らが経営幹部に名を連ねる小野田商業開発という地域密着の会社だ。

 「イオン九州の本社サイドが収益が上がらない店を閉じるドライな判断をするのは、商売である以上仕方ない。他方、小野田商業開発はまちづくりの使命感を背負っているから、閉店という選択肢は最初から存在しない。それが主要テナント候補と粘り強く交渉する原動力にもなったのです」

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-06-27 06:25 | 土建 赤字 無責任 | Comments(0)