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by 幸田 晋

翁長知事が死去 生前に語っていた沖縄への想い

翁長知事が死去 

生前に語っていた
沖縄への想い


8/8(水) 21:18配信より一部

BuzzFeed Japan

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180808-00010006-bfj-soci

沖縄県の翁長雄志知事がすい臓がんで亡くなった。67歳だった。生前、「ピエロになって」でも、伝えようとしたこととは何だったのか。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

翁長知事は、2014年の知事選で「普天間基地の県内移設」に反対を訴え、対抗馬に10万票以上の差をつけて圧勝。

就任以来4年ちかく、政府との話し合いや国を相手取った裁判など、あらゆる手段で県内移設をやめるよう働きかけてきた。

7月27日には、仲井眞弘多・前知事による名護市・辺野古沖の埋め立て承認を撤回すると表明したばかりだった。

翁長知事は2017年末、BuzzFeed Newsの単独取材に応じていた。以下、インタビューで語ったことを改めて掲載する。

安倍首相を見つめて考えていたこと

2017年6月23日、本島南部の「平和祈念公園」で開かれた沖縄戦没者追悼式。

献花に向かう安倍晋三首相と、その様子を見つめる翁長雄志知事をうつした写真が話題を呼んだ。その時、翁長知事は何を考えていたのか。

「じっと安倍さんのことを見ながら、沖縄戦で亡くなった人たちのこと、将来の沖縄の子や孫のことを考えていたんですよ。このままではいかんな、と。私からすると、安倍さんを見る目は厳しいものにならざるを得ないのです」

「政府と話し合いを続けても、どうにも相容れない。沖縄の現状に同情の言葉もなく、ただただ基地問題について『粛々と解決していく』と言うばかり。その人が、平和祈念公園にきて、また同じようなことを言っていたのですから。厳しい目で見ざるを得なかった」

翁長知事は、こうも指摘していた。

「安倍政権は『戦後レジームからの脱却』『日本を取り戻す』というが、現実的にはアメリカの傘の中で生きていく道を選

「抗議しても何も変わらない」

沖縄には、いまでも全国にある米軍基地のうち、70.6%(面積比)が集中している。県内人口の9割が集まる本島は、約15%が米軍基地で占められているほどだ。

基地の返還は少しずつ進んでいる。しかし、米軍をめぐる事件事故は相次いでいるままだ。翁長知事はこうも憤っていた。

「何百回も抗議している。繰り返しても、世の中が何も変わっていない。もう米軍を良き隣人とは呼べない。いまの状況は知事として、受け入れられるものではありません」

トラブルのたび、翁長知事は東京へ行き、日本政府や米国大使館に抗議してきた。そのあとには、政府側から必ずのように次の3点が伝えられたという。

・基地負担の軽減

・県民に誠心誠意に寄り添う

・米軍に原因究明と再発防止を訴える

そしてまた、事故が起こる。「負担軽減」「誠心誠意」「再発防止」。儀礼的な虚しい言葉が繰り返される。翁長知事は、嘆息交じりにこうつぶやいた。

「ただただ、虚しさを覚えている。この本土と沖縄の溝はいつまで深く、広いまま縮まらないのか、ということを考えているんです」

「沖縄だけ我慢してくれ」ではなく

「米軍に関する事件事故が相次いでいても、日本政府も米軍も無関心なままでいる。日本政府はアメリカに必要以上に寄り添う中で、ひとつひとつの事柄に異を唱えるということができていない」

なぜ、溝は深く広いままなのか。事件や事故は繰り返され続けているのか。

翁長知事は、日本側に逮捕権や捜査権がないといった「日米地位協定」など、米軍が優位に立つ現状に日本政府が反論できていないと指摘。「日本政府には(問題を解決する)当事者能力がない」と言い切った。

そして、その現状を変えようとする姿勢も見えない、とも。

「そういった状況下で、沖縄は日本の安全保障において大きな役割を果たしている。私は日米安保体制を認める立場にいるが、『沖縄だけ我慢してくれ』ではなく、日本全体でこの負担について考えてもらいたい」

翁長知事は、こうも言った。沖縄は「いじめ」を受けていると。

「沖縄は日本政府と米軍という2つの大きな権力に挟まれ、歴史的にも自己決定権や平等権がない立場にある。7割の米軍基地についても、本土で引き受けることも、日本全体でその問題を考えることもない。繰り返される問題に対して文句を言っても、『基地で食べているから置いておけばいい』『我慢して』と言われてしまう」

「沖縄は日本国の一員として、アジアと日本の架け橋になろうと、将来の可能性を信じて動いている。それなのに、政府は力で押し付けてくる。今のようないじめ方をするこの国の未来は、ないのではないかと思ってしまうんですよ」

「沖縄への理解は深まっていなかった」

翁長知事は、ため息をついた。

「沖縄がいかに大変な状況に置かれているのか、昔より理解が深まったかと思っていましたが、決してそんなことはありませんでした」

「昔」とは、沖縄への差別がはっきりと社会に広がっていた時代のことだ。戦後、沖縄がまだアメリカの統治下だった1950年生まれの翁長知事は当時の差別をはっきりと覚えていた。

「日本に行くにはパスポートが必要で、ある意味で日本人ではないような扱いを受けていたのです。僕は法政大学に通っていたのですが、東京でのアパート探しで『琉球人お断り』という差別を経験しています」

日本への復帰から45年を経て「差別はもうなくなった」と思っていた。しかし、ネット上に溢れる言葉や東京MXTVが放映した「ニュース女子」をめぐる問題などに、当時と同じ、沖縄への差別意識が背景にある、と感じたという。

「ニュース女子」で放送されていた誤った情報や根拠のない情報の多くは、ネットで広がっていた内容そのものだった。ネットで広がった「デマ」が地上波で「事実」として伝えられた。

「いまの日本の安全保障では、多くの米軍基地を担っている沖縄が大きな役割を果たしていると言えます。しかし、僕らがそれについて文句を言うと、『お前ら中国のスパイか』などの言葉を投げられる。バッシングや、冷たい言葉も」

沖縄への「いじめ」が続く危うさ

相次いで起きた米軍ヘリをめぐるトラブルについても、ネット上で「自作自演」などという声があがった。翁長知事は言った。

「目の前に落ちたものを『自作自演』というなんて、今までにはない社会現象でしょう。これだけのバッシングを受けたことは、ありませんでした。沖縄の人たちが、心の底に持っている思いを言えないような状況になってしまった」

「バッシングを受けたりするのが嫌だから、基地に関して、心の声を出せないのです。特に経済界などは常に緊張感に溢れています。私ですら、言いたいことが言えないこともある」

翁長知事は「これはいじめ」と表現した。被害の当事者なのに、さらにその傷口に塩を塗られる構図だ。

「こうした一方的な『いじめ』は、たとえば福島の原発事故でも、宮崎の鳥インフルエンザなどでも起きている。沖縄でも起きる背景には、歴史的な意味合いと基地問題があることが大きい」と知事は言う。

「沖縄は137年前の琉球処分で日本になったばかりです。併合され、地上戦で焼け野原にされ、さらに米軍基地を押し付けられた」

本土とは異なる沖縄の歴史。「琉球人はお断り」という差別意識を生んだこの歴史が今に至るいじめの背景の一つではないか、との指摘だった。

「それでも、『沖縄ヘイト』と言われるここまでのバッシングは、これまでになかった。こうした状況が続くことに恐ろしさ、危なさを感じます」

「沖縄デマ」をなくすために

翁長知事がなかでも「根深い」と感じていた「デマ」は、「沖縄経済が基地に依存している」という言説だった。

「『沖縄は基地で食べているんでしょう、だから置いておけば良い」という上から目線の物言いをどう払拭するかは課題でした」

基地が返還された方が経済的にもプラスだという結論から、翁長知事が使い始めたのが「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」というフレーズだ。

「『基地で食べている』ということに反論するために使ったのがこの言葉です。数年を経て、ようやく一般の人たちにも広がってきたと感じています」

「こういう言葉を聞いた人が、経済的依存について、『どっちが嘘なの?』と考えてもらうことにこそ、意味がある。たった1行の言葉だけで、沖縄が変わっていくことになる。だから、どんどんと使っているのです」

人権問題としてだけではなく、経済的な側面からも基地問題を訴えれば、若い世代にも意識が浸透するのではないか、という狙いもあった。

「沖縄の現状を理解する方々も出てきている。ただ、そうでもない人たちの無関心や上から目線はいまだに多くある。それを払拭しないといけない」

「どのようにさらなる理解を得ていくのか。沖縄が自らが、頑張って発信していくしかない。理想論かもしれませんが、5年、10年経てば、この状況は落ち着くのではないかと考えているんです」

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-08-09 06:54 | 対米 従属 | Comments(0)