スキーにはまっています。


by 幸田 晋

熊本地震から1年…続く余震、通用しなかった経験則

熊本地震から1年…続く余震、通用しなかった経験則
 島村英紀(地震学者)

たんぽぽ舎です。【TMM:No3071】
2017年5月9日(火)午後 09:18
地震と原発事故情報より一部

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┗■1.熊本地震から1年…続く余震、通用しなかった経験則
 |  「警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識」その194
 └──── 島村英紀(地震学者)

 熊本地震から1年がたった。
 熊本地震から今年3月末までの約1年間に、同地震の活動域を中心に、人体に
感じない小さい地震も含めた地震回数は九州で13万回、これは2015年に全国で起
きた12万回を上回った。
 余震が熊本地震ほど多かった地震は日本で例がない。つい先月も震度3の地震
に襲われた。余震はまだ続いている。
 たとえば阪神淡路大震災(1995年)では、余震は1−2ヶ月で収まった。かな
り大きな内陸直下型地震でもこの程度で収まってしまう例が多い。

 一般に余震の数は本震のマグニチュード(M)が大きいほど多い。だが、M7ク
ラスの地震だったのに余震が多い理由は、熊本が日本最大の断層である「中央構
造線」の上にあるからである。中央構造線は鹿児島から熊本・大分を通り、四国
の北をかすめ、紀伊半島を横切って長野県にまで達している長さ1000キロにもな
る大断層だ。

 かつて1596年には九州から京都にかけて、慶長伊予地震、慶長豊後地震、慶長
伏見地震が次々に起きたこともある。これからも、中央構造線に沿って起きる地
震は注意すべきだろう。

 ところで気象庁は4月14日に起きた震度7の熊本の地震のあと、15日には「震
度6弱以上の余震が発生する確率は20%」だと発表していた。震度7はまったく
想定していなかったのだ。しかも、「震度6弱以上の余震は1週間程度続く」と
いったものだった。
 これを受けて、4月14日の地震の後、気象庁や政府が「家に帰れ」と呼び掛け
ていた。だが2日後の16日午前1時25分にもっと大きな地震が起きた。人々が寝
静まっていた時刻だ。この地震で家が潰れて圧死した人数は前の地震の圧死者を
超えてしまった。

 そもそも、余震には経験則しかなく、しかも例外も多い。気象庁が大きな地震
のあとに発表してきた余震の見通しは、たんに平均的な経験例にもとづいている
だけなのだ。余震についての一般的な注意を呼びかけてきたものにすぎない。
 余震が熊本地震の次に多かった例がある。2004年10月23日に起きた新潟県中越
地震のときには、気象庁の予測発表を上回る余震が何度も繰り返された。
 地震後、10月の末までに600回、11月末までに825回もの有感地震(人体に感じ
る地震)の余震があった。気象庁が予想しなかった震度6強という強い余震も何
回も記録された。これは地震断層がひとつではなくて複雑だったためだ。
 幸い、この新潟県中越地震での余震の見通しの間違いは、それほどの被害は生
じなかった。
 だが、熊本の4月16日の地震(M7.3)はM6.5の14日の地震よりも多くの人が
亡くなってしまったのだ。

 気象庁は4月20日になって、余震の発生確率について「今回は過去の経験則が
当てはめられず、発表できない」として発表を取りやめてしまったのである。
 それまでは、余震の発生確率は大地震が起きたときには必ず発表されていた。
気象庁は白旗を挙げざるを得なくなったのだ。

 (島村英紀さんのHP「 http://shima3.fc2web.com/ 」
 「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より2017年4月14日の記事)

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【脱原発テント日誌5月8日(月)版】より一部
経産省前テントひろば、2011年9月11日(テント設置日)から2,067日目

◎5月7日(日)午後1時より脱原発青空テント川柳句会が開催された。

 選者は乱鬼龍氏、席題は「変」と「言」 。 3時投句締め切り、3時半頃より入選者の発表、披講となりました。

 ゴールデンウィークの最終日らしくお天気も良く爽やかな風が吹いていました。今回は13名の方にご参加いただきました。 入選句の発表後、入選者へ選者より川柳の書かれた団扇など様々な景品が手渡されました。入選句は以下の通りです。(S.E. )

「変」
特選
・問答無用警察国家まっしぐら -  藤康
秀句
・アベ守るために変事も起こしそう  -  芒野
・良い方になかなか変化してくれぬ  - 言奈地蔵
・他殺でも自殺に変える警察署  -  原子力ドンキホーテ
・戦後の日すべてを消すか安倍の変  - 落葉
・スポーツをだしに憲法変える安倍  -  無位史膳(むいしぜん)

「言」
特選
・失言を言わなきゃ誰も振り向かぬ  - 水蓮仏
秀句
・再稼働やめろと言えば共謀罪  -  ハテナ
・安倍内閣本音を言えばしっぽきり  - わっしー
・首相まね発言すれば暴言に  -  無位史膳(むいしぜん)
・言説を封じ完成独裁国  -  草地
・うそまことまことをウソと言う時代  - 芒野

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経産省・エネ庁は「今だけ、金だけ、自分だけ」の大嘘つき! その32
原子力損害賠償制度(原賠制度)という虚構
〜加害者の経営が被害者保護に優先するという無法〜
木村雅英(経産省前テントひろば)

 岩波「科学4月号」の特集「検証なき原子力政策」には沢山の興味深い論文がある。本間照光(てるみつ)さん(青山学院大学)の<原賠制度という虚構〜保険が機能しないリスクとコストの現実〜>も興味深い。
 以下に、ほんの一部を紹介する。

◆ 「国策民営」の名のもと巨大な権力と金力によって、技術的経済的に不可能な原子力発電と核燃料サイクルが推進されてきた。それを支えたのが、原賠制度である。…。
◆ 原賠制度で原子力事業者(大手電力会社)と原子炉メーカーなどの原子力関連事業者の責任と負担を限定するとともに、とめどなく資金が注入され、業者の利益が保証された。電源三法をはじめとする税金と、総括原価方式によるコストと利益の保証である。
◆ 福島事故で、原発も核燃料サイクルも、そのリスクからみてもコストからみても手に負えないことが明らかになった。
◆ 日本の地震や津波については、民間の保険業界と背後の海外再保険ネットワークは原則として引き受けない。あまりにリスクが高く、商業ベースに乗らないからだ。
◆ 一般の保険では戦争リスクは免責、その戦争リスクを保障する特別の戦争保険でさえも核戦争リスクは支払対象外だ。原発はその本質上、核戦争と同様のリスクなのである。
◆ 科学技術庁が日本原子力産業会議に委託してまとめた「報告書」(1960年4月)では、原発事故時の損害額を当時の国家予算の2倍超の3兆7千億円と試算している。今日から見て控えめな試算だが、科学技術庁は40年にわたってこの「報告書」を公表せず存在をも否定し続けた。
◆ 原賠法第1条は、「被害者の保護を図り、及び原子力事業者の健全な発達に資することを目的」と同列にならべ、同法制定時(1961年)の衆議院附帯決議では、「…、本法の目的は、すべての原子力損害に対する被害者の保護を図るにあるから」とある。ところが、科学技術庁によって法の目的さえも曲解され、安全性を欠いたまま、実際には被害者・国民の保護に優先して原子力事業を保護することになり、現在もそれが続いている。
 加害者の経営が被害者保護に優先するという無法では、原賠法と原賠制度ひいては原子力政策の全面崩壊となる。

 保険が効かない原発。それを科学技術庁(現文科省内)や経産省(エネ庁)など原子力ムラのムラビトが、法律までねじ曲げて「加害者の経営が被害者保護に優先するという無法」を続けているのだ。

 なお、本間照光さんは週刊エコノミスト(2/7)にも「原発保険 原賠で賄えない福島事故 原発に経済合理性なし」でも「原発事業に経済的合理性がないことは、保険が機能しないことに示されている。」と主張している。
どちらか一読を。

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by kuroki_kazuya | 2017-05-10 06:15 | 地震 大災害 | Comments(0)