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by 幸田 晋

水俣病 公害認定50年 続く苦しみ、解決遠く

水俣病 
公害認定50年 

続く苦しみ、解決遠く


東京新聞 2018年9月28日 朝刊より一部

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201809/CK2018092702000164.html


 工場排水に含まれるメチル水銀により深刻な健康被害を引き起こした水俣病が、国に公害と認定されてから二十六日で五十年となった。公式確認から十二年も費やしたことで被害が広がり、今もなお多くの人が苦しんでいる。患者認定や賠償を求める動きも絶えず、解決の見通しは立たない。


 「公害の原点だ。環境や健康への影響は、回復が容易でないと改めて認識している」。中川雅治環境相は救済の終わりが見えない水俣病について二十五日の閣議後記者会見で問われ、苦しげな表情で述べた。


 環境省によると、公害健康被害補償法に基づく水俣病患者としての認定を求め、熊本、鹿児島の両県で約三万二千人が申請した。しかし、汚染された魚の摂取などの立証は困難で、患者認定はわずか7%ほどだ。被害者の高齢化が進む中、約千六百人が訴訟で救済を求めている。


 熊本県水俣市が水俣病を公式確認したのは一九五六年五月。厚生省(当時)の研究班は翌五七年、「金属類や化学物質を含んだ魚介類による中毒が疑われる」との報告をまとめた。五九年には熊本大が有機水銀が原因との説を発表。それでも漁獲禁止などの措置は遅れ、公害認定の六八年まで、原因企業チッソの工場からメチル水銀を含む水銀が排出されたとみられる。


 約七千人が参加する被害者団体「水俣病不知火患者会」の元島市朗事務局長は「今もなお十分な被害調査をしない国の責任は重い」と批判する。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-09-28 06:25 | 歴史 | Comments(0)