スキーにはまっています。


by 幸田 晋

「海がない国」スイスが恐れる津波

「海がない国」スイスが恐れる津波
  
湖で津波が起きて被害を生むことは、
日本をはじめ

世界中で起きるかもしれない
  
警戒せよ!
生死を分ける地震の基礎知識 その267
         
島村英紀(地球物理学者)



たんぽぽ舎です。【TMM:No3480】
2018年10月10日(水)
2018年10月11日, 木, 午後 05:38
地震と原発事故情報
より一部

┏┓ 
┗■1.辺野古中が停電なのに米軍基地には煌々と灯りがついている
 |  何でもかんでも米軍が優先
|  停電中の20時10分 玉城デニー氏の当確を確信
 | 沖縄県知事選挙の応援に参加して
 └──── 山田洋子 (たんぽぽ舎ボランティア)

◎ 沖縄県知事選挙の公示9月13日の前日に辺野古へ向かった。辺野古の平和サ
ポート事務所(クッション)を起点に活動することにしていた。4月の500人結集行
動を立ち上げた仲間の指示に従って行動する心積もりだった。
 チラシを折ったり帳合等の内職は夜遅くから始められ夜中の1時を過ぎること
もあった。
 朝7時にはチラシ配りやポスティングに向け、ワゴン車や小型の街宣車で移動
した。どの車にもジュゴンを主にした美ら海の絵が車の側面いっぱいに張られて
いた。その絵の上に「平和が大好き」の文字があった。「デニーを応援します」
のマグネットもついていた。

 土地に疎い私たちには名護市会議員のお連れ合いの恊力もあって道に迷うこと
なく効率的にポステングをすることができた。
 チラシ配りやポステングの傍ら、玉城デニー候補の街宣が近くに来れば駆け付
けた。
 ゴザ市では一緒に行動した仲間の営む書店でお茶を頂いたり、彼女の親友のお
宅で琉球王朝時代からの銘菓を頂いた。首里城近くで買い求められたとのことだ
った。

◎ 選挙応援活動中にもっともへこんだのは「翁長知事の意思を継ぐ」というプ
ラカードをぶら下げチラシを配っていた時、「翁長さんは本当に素晴らしい方で
した。なぜ翁長さんを安らかにさせてあげられないの、あなたは。タレントに何
ができるのよ…。タレント如きに…。あなたは何を考えているのよ」一見知識人
風の60歳前後の女性から侮りにも似た視線を浴びたことだった。

 名護市ではチラシを出せば、街ゆく人々は一応受け取ってはくれた。
 しかし、那覇市街地は台湾、中国、その他の観光客が多く、配るべき住民を判
別するのが難しかった。チラシを差し出すと「大丈夫です」と言って受け取らな
い人も多かった。仲間の一人は「大丈夫です」と声をかけながら配っていた。あ
の時、私は「大丈夫」の意味を察しかね、否定的な捉え方をしていた。
 できるだけ若い層を取り込みたいとの思いから、写真の多い冊子を大学の学生
に手渡そうと試みた。けれでも誰も受け取ってはくれない。仲間の一人にその理
由を問うたら「極左集団ががチラシを配りにくるから受け取らないように」と言
われたそうである。

 私も「デニーが当選すれば普天間基地は還ってこなくなる」と、本土から選挙
の為に沖縄入りしたと思しき50歳ぐらいの男性にからまれた。
 我々はそこを離れ、専門学校へと向かった。そこの教師らしき人が我々に好意
的で放校時刻を教えてくれた。学生達の冊子の受け取りはすこぶるよかったが、
残りわずかになった時、学校から威圧的な男性が出てきて「学校前で配るな。集
会の許可をうけているのか。 敷地に入ったから警察に連絡する」と言い、学生を
追いかけ冊子を回収していた。

◎ 9月28日、那覇市小禄は強い雨風に見舞われていた。そこは米軍から返還さ
れた地域で、区画された都市空間の様子を呈していた。イーオンの建物近くに立
ってチラシ配りをしていたものの、雨風の激しさに建物の中に入った。
 そこには辺野古テント前でお馴染みの顔がいくつもあった。雨が止みかけた時、
デニー候補の街宣が始まった。歩道橋の下辺りに人々が群れてきた。辺りは俄か
に活気づき拍手する者、口笛を鳴らす者、デニーと叫ぶもの…。

 玉城デニー候補者を筆頭に謝花副知事、故翁長知事の次男雄治氏の演説が続い
た。どのスピーチも説得力もあり、沖縄の未来を語った。
 8.11の県民大会の時にも増してこの日のスピーチは力強く一層磨きがかかり群
衆を虜にしてしまった。終わった途端に雨足は強くなり風が暴れ始めた。急いで
ワゴン車に乗り込み宿舎を目指した。

◎ 28日夜の10時を過ぎたころ、翌日の応援行動について話し合いがもたれたも
のの台風事情を抱えて予定は立てられなかった。
 29日の朝、熟睡中を起こされた。雨漏りである。普通の雨ならば問題は起きな
かっただろうが、階下も雨漏り騒動で大わらわ!木造建物ではないのにあちらこ
ちらからポタリ、ポタリ。「漏電する」だの「パソコンがやられる」の心配から
ビニール、ガムテープ、水受け容器を駆使しての応急措置に追われた。
 台風の目に入ったのか、雨も風も止んだ。3,4人で辺野古テント辺りの様子
を見にいった。座り込みを阻むための高い柵の真ん中部分が強風でぶっ壊れ、ア
ルソック(ガードマン)の姿さえなかった。
 イエローライン(内側は米国領土)を意識しながら写真を連写して戻り、洗濯で
もと思い、衣服を機械に入れ洗剤を加えてスイッチを押したが動かない。停電だ。
洗剤をふりかけた衣類のお持ち帰りができてしまった。
 薄暗くなってろうそくの登場となった。テーブルに2本ずつのろうそくが3ヶ
所に配置された。ろうそくの傍に座る人の顔の部分が浮かび上がりお化け屋敷を
連想させた。

◎ 30日の投票日、皆、重たい雰囲気の中でただ待った。名護市長選の経験がト
ラウマとなっていたのだろう。誰かリーダーらしき人物から「20時10分に相手候
補に当確がでるだろう」との電話が入った。
東京からの電話では勝利するだろうとの予想を受けてはいたが、落選した場合
にはどのようにこの場から逃げ去ればよいのかと考えあぐねていた。
 携帯電話を充電するために名護中心部にある稲嶺元市長の事務所に向かった。
名護警察署側は通電していたが大きな道路の反対側は停電していた。
 停電の事情から名護市街の居酒屋の和室を借し切って選挙速報を待ち受けるこ
とになった。スマホが頼りである。勝利したとしても5000票ぐらいの差だろうと
の予測が大勢のようだった。身を固くし、ただただ相手候補の当確が出ないこと
を祈るばかりであった。
 辺野古中が停電なのに基地には煌々と灯りがついている。何でもかんでも米軍
が優先されている。思い遣りの携帯電話の充電ぐらいやらせろよと思いながら名
護に向かった。

◎ 20時5分頃、誰かが「当確」と声を出したような気がしたが…。
 20時9分頃、当確の情報が大きくなった。ぬか喜びを恐れ、情報源を確かめた。
 20時10分、当確を確信できた。それまで乾杯のリハーサルをやっていたがとう
とう本番の乾杯である。抱き合う者、うれしさから号泣する者、カチャーシを踊
る者、選挙に関わったもの一人一人が様々に喜んだ。
 沖縄県知事選に玉城デニー氏が勝利しても新基地建設は止まらない。
 県民の思いをあざ笑うかのようにより多くの税金と重機と海上保安庁や機動隊
の組織を投じてくるだろう。
 だが、「辺野古新基地反対」と声を挙げ続けるだろう。


※事故情報編集部よりご案内

   《沖縄と本土「2つの講座」にご参加を!》

1.10/14(日)「沖縄米軍新基地・辺野古には作れない-軟弱地盤」
        沖縄県知事選挙応援で感じたことも

 お 話:北上田毅さん(平和市民連絡会、土木技術者)
 日 時:10月14日(日)18時より20時30分
 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
 参加費:800円

2.11/5(月)沖縄と今後の闘い(本土の責任)
  辺野古埋め立ての土砂運搬阻止の活動

 お 話:毛利孝雄さん(沖縄大学地域研究所特別研究員)
 日 時:11月5日(月)19時より21時
 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)
 参加費:800円


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┗■3.原発地域振興にならず-柏崎で 藤堂史明新潟大准教授が講演…
 | メルマガ読者からの「新潟日報」情報1つ(抜粋)
 └──── 金子 通 (たんぽぽ舎会員)

 ◆原発地域振興にならず-柏崎で 藤堂史明新潟大准教授が講演

 東京電力柏崎刈羽原発と地域経済の関係を考える講演会が8日、柏崎市文化会
館アルフォーレで開かれた。新潟大経済学部の藤堂史明准教授(環境経済学)が
講師を務め、約70人を前に「原発は地域振興の役には立たない」と、柏崎市の経
済関連統計のデータを交えながら指摘した。
 講演会は原発に反対する「柏崎刈羽市民ネットワーク」(本間保代表)の主催。
藤堂氏は2015~16年、行政機関が公表している統計を基に、新潟日報社と共同で
柏崎刈羽原発と地域経済の関係を検証した。
 藤堂氏は柏崎刈羽原発1号機の建設開始前から約40年間のデータを示し、「原
発建設期の建設業は生産額が増加したが、ほかのサービス業、卸売・小売業、製
造業では、原発立地に伴う経済波及効果が数字上みられない」と説明した。
 会場との質疑では、柏崎市が本年度、調査研究事業として取り組む廃炉ビジネ
スについて質問が出た。
 (10月10日「新潟日報」より抜粋、紙面のみでネット上に掲載なし)


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┗■4.「海がない国」スイスが恐れる津波
 |  湖で津波が起きて被害を生むことは、日本をはじめ
 | 世界中で起きるかもしれない
 | 警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その267
 └──── 島村英紀(地球物理学者)

 海がない国、スイスで津波の研究が1年前から始まった。ベルン大学と連邦工
科大学チューリッヒ校の協力で4年間の研究計画である。
 スイスでは中世以来の石造りの建物が多く残っているのと同じく、ずいぶん昔
の地震の歴史も残っている。
 たとえば1356年に同国北部で地震が起きた。この地震のマグニチュード(M)は
約7で、バーゼル市を壊滅させた。私はスイスのテレビ局の取材を受けたことが
ある。他国ではほとんど知られていないが、さすがにバーゼルで地震があったこ
とはよく知っていた。
 そのスイスで1601年9月18日の夜中、M5.9の地震が起きた。この地震は中央ス
イスで大きな被害を生んだ。それだけではなく、スイスで4番目に大きくて猪苗
代湖よりも大きいルツェルン湖で8メートルの津波が起き、少なくとも8人の死
者が出た。この地震では、まず湖底が滑りはじめて、湖の周りの山の一部が湖に
沈んだと記録されている。

 こういった地震の再来を恐れているのだ。スイスには大きな湖が多くて湖岸に
山が迫っているので、湖底に地震が起きたり湖に地滑りが流れ込んだりして津波
が起きる可能性は低くはない。
 スイスなどアルプス北端は、中程度の地震危険地帯である。これはアフリカプ
レートがヨーロッパ大陸が載るユーラシアプレートを押していることによるもの
で、もっと南のイタリアやギリシャではずっと地震が多い。
 すぐ南のイタリアで地滑りでダムの水があふれ、2000人以上が犠牲になったこ
とがある。

 このダムは「バイオントダム」で、1960年の竣工当時には262メートルというダ
ムの高さは世界一だった。
 このダムを1963年、記録的な豪雨が襲った。そして湖岸の山が大規模な地滑り
を起こし、膨大な土砂がダム湖になだれ落ちた。土砂の量は2億立方メートル以
上で、地滑りの時速は100キロを超えたという。
 このために大きな津波が発生し、対岸では谷の斜面を高さ250メートルまで駆け
上って部落を呑み込んだ。また、大量の水がダムを100メートルもの高さで乗りこ
えて下流の村々を襲った。
 大災害を起こしたダムはその後裁判沙汰になり、住民を避難させなかったとし
て8人の関係者が有罪となった。ダムはその後、放棄された。

 日本でも大きな湖やダム湖での津波は起きる。たとえば2008年6月の岩手・宮
城内陸地震(M7.2)で荒砥沢(あらとざわ)ダム上流で土砂崩落が発生してダム湖
へ流れこんだ。このダムは洪水調節と灌漑(かんがい)を主な目的とした多目的
ダムだ。
 崩落した土砂によって6メートルを超える津波が発生した。だが、梅雨入りを
前に貯水量を下げていたことや、土砂はダム貯水容量1350万立方メートルの1割
程度だったことで津波がダムを越えなかった。
 津波の面では岩手・宮城内陸地震はたまたま運が良かったと言える。
 だが、これからも、湖で津波が起きて被害を生むことは、日本をはじめ、世界
中で起きるかもしれない事件なのである。

  (島村英紀さんのHP http://shima3.fc2web.com/
「島村英紀が書いた『夕刊フジ』のコラム」より9月28日の記事)

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by kuroki_kazuya | 2018-10-12 06:15 | 核 原子力 | Comments(0)