スキーにはまっています。


by 幸田 晋

カテゴリ:歴史( 225 )

明治150年賛美は
危険
 

自由、民権重視 
五日市憲法発見50年


東京新聞 2018年8月19日 朝刊より一部

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201808/CK2018081902000140.html

 明治期につくられた民間の憲法草案「五日市憲法」が東京都五日市町(現あきる野市)の土蔵で発見されてから、今月二十七日で五十年となる。発見のきっかけとなったのは、明治以降百年間の日本の歩みを賛美する政府の歴史観への疑問。この憲法を土蔵の中で最初に手にした新井勝紘(かつひろ)・元専修大教授(74)は、今の明治百五十年関連施策も輝かしい発展を強調するばかりで、戦争への反省がないと警鐘を鳴らしている。 (高山晶一)

・・・(途中略)

 卒業後、生涯をかけて五日市憲法の研究を続ける中で見えてきたのは、五日市憲法に豊富に書かれているような自由や国民の権利を、当時の人たちが切望していたこと。「明治政府はそうした声にまったく耳を貸さず、大日本帝国憲法を天皇の名において制定し、国民に押し付けた。以後、近代天皇制の下で軍国日本が形成され、戦争に突き進んだ歴史をきちんと見なければならない」と新井さん。

・・・(途中略)

 政府がまとめた関連施策の「基本的な考え方」も、明治以降の日本が「技術革新と産業化」や「教育の充実」に取り組んだと指摘。「明治の精神に学び、更(さら)に飛躍する国」を目指すとしているが、戦争など負の歴史には一切触れていない。

 新井さんは「明治百年のときと似ている」と指摘。
「日本はずっと戦争の総括が中途半端。
『悪いところをほじくり返さなくても』と言って
明るいところだけ見ようとするが、
いいとこ取りの歴史では同じ過ちを犯す。
負の歴史もちゃんと見ることが、
歴史に学ぶということだ」と訴える。


・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-08-20 06:25 | 歴史 | Comments(0)
旧海軍、
毒ガス人体実験 

国内で米軍使用に備えか


東京新聞 2018年8月18日 夕刊より一部

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201808/CK2018081802000288.html

 日中戦争や太平洋戦争当時に旧日本海軍が、毒ガス研究のため国内で人体を使って実験していたことが分かった。皮膚をただれさせる「びらん剤」を塗るといった内容を詳述した複数の資料が、防衛省防衛研究所と国会図書館に所蔵されているのを共同通信が確認した。一部は軍関係者が対象と明記され、皮膚に水疱(すいほう)が生じる被害も出ていた。

 日本軍の毒ガスを巡っては、陸軍が中国大陸で戦闘や人体実験に使った記録などが一部残っている。今回の資料で海軍による人体実験が裏付けられた。

 中央大の吉見義明名誉教授(日本近現代史)ら複数の専門家は、初めて見る資料とした上で、国内で米軍との毒ガス戦を想定していたことが、実験の背景にあるのではないかと指摘する。

 防衛研究所は、海軍で毒ガス兵器の研究開発を担った技術研究所化学研究部(神奈川県)と、これが改組された相模海軍工廠(こうしょう)化学実験部(同)の報告書を複数保管する。びらん剤のイペリットやルイサイトを除毒する薬剤開発に関する内容。

 このうち相模海軍工廠が一九四四年にまとめた「除毒剤ニ関スル研究」という報告書は、開発した薬剤の効果を人体で確かめる実験を記述。イペリットを腕に塗り薬剤で洗ったり、イペリットを染み込ませた軍服の布地を薬剤で洗った後、人の皮膚に付けたりして観察した。大きな水疱ができた人がおり、一部の実験は軍関係者が対象と記している。表紙には「秘」「処理法・用済後焼却要通報」との表示がある。

 毒ガスを人に吸わせる実験の論文が国会図書館にあることも判明。「ガス検知ならびに防御に資する」目的で四一年に実施した実験では、くしゃみ剤や嘔吐(おうと)剤と呼ばれた種類の毒ガスを吸わせ、感知までの時間を調べた。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-08-19 06:25 | 歴史 | Comments(0)
終戦の日 
自由党・小沢一郎代表談話

「終戦の日にあたり」必要なことは

戦争を再び繰り返さない


国民の覚悟


8/15(水) 0:29配信より一部

産経新聞

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180815-00000506-san-pol

 本日73回目の終戦の日を迎えるにあたり、改めて先の大戦で尊い命を犠牲にされた全ての方々に謹んで哀悼の誠をささげます。

 人間は常に忘れる生き物です。しかし、決して忘れてはならないことがあります。それが「戦争」です。

 福島の原発事故による、
日々増え続ける放射性汚染廃棄物に
どれだけの方が思いをはせられているでしょうか。

たった7年前のことです。


 ましてや、太平洋戦争については一体何人の方々が具体的なイメージを持てるでしょうか。それを考えたとき、本当に恐ろしい思いがします。

 最近、インターネットの普及などで過激な発言も社会的に目立ってきました。他者や他国、他民族に対する排他的な意見も氾濫しています。

 こうした中、現政権は自衛隊を歯止めなく、世界中に派遣できるような安全保障政策を進めています。果たして偶然でしょうか。戦争も、犠牲者も、不戦の誓いもすべて簡単に忘れてしまうのでしょうか。

 そういうことが今、われわれに問われています。幸い、映像も含めた多くの記録や証言が残されております。まだ、われわれは直接、戦争を体験された方々から話を聞くことができます。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-08-15 06:45 | 歴史 | Comments(0)

米騒動と新聞の役割

週のはじめに考える 

米騒動と新聞の役割


東京新聞 【社説】 2018年8月12日より一部

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018081202000161.html

 明治百五十年の今年は「米騒動」から百年の節目でもあります。富山県で始まり、内閣を退陣に追い込んだ大衆運動に、新聞が果たした役割を考えます。

 一九一八(大正七)年七月のことでした。
富山県の魚津や滑川など
日本海沿岸の漁村に住む女性たちが、
米穀商などに押しかけ、
コメの船積みをやめ、
安く売るよう求めて、
声を上げました。


 米価は、日本軍のシベリア出兵を見越した米穀商の投機的買い占めや売り惜しみで急騰、男性たちが出稼ぎで向かった北洋は不漁で残された女性たちは生活難に陥っていました。「女一揆」と呼ばれた米騒動の始まりです。

◆地元紙の記事を機に

 この動きをまず報じたのは地元紙の「高岡新報」でした。続いて大阪朝日、大阪毎日両新聞が伝えて、全国に発信されたのです。

 新聞報道とともに騒ぎは西日本中心に全国三百六十八市町村に広がります。工場や農村、炭鉱地帯で争議や暴動が起こり、示威行動は一カ月半以上も続きました。名古屋では延べ数万人が暴動に加わり、東京・日比谷公園では数百人の人々が騒動を起こしています。

 こうした動きに危機感を覚えたのが当時の寺内正毅内閣でした。

・・・(途中略)

 寺内内閣は、騒動を報じる新聞にも圧力をかけます。八月七日付の高岡新報を発禁処分としたのに続き、十四日には水野錬太郎内相が全国の新聞に対して、米騒動の報道を一切禁じます。

◆「報道禁止」に猛反発

 これに激しく憤ったのが、当時の新聞記者たちでした。

 本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ、名古屋新聞の小林橘川(のちの名古屋市長)は米騒動を「米価内乱」と位置づけ、寺内内閣の一連の措置を批判。「無能、無知、無定見の政府」に一刻も早い退陣を迫りました。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-08-13 06:25 | 歴史 | Comments(0)
幕末の志士たちは

「テロリスト」だった


7/29(日) 15:00配信より一部

東洋経済オンライン

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180729-00230326-toyo-soci

幕末に尊王攘夷を掲げた志士たちの実像は、為政者や時代の空気によって書き換えられている。『志士から英霊へ』を書いた東京大学大学院人文社会系研究科の小島毅教授に聞いた。

■幕末の志士は現在で言えばテロリスト

 ──「志士から英霊へ」と評価が変わったわけですか。

 日本の過去の人物像や歴史的事件に関して、すばらしいもの、褒めたたえるべきものだけを並べればいい、先人たちがした失敗や、ほかの国にかけた迷惑を語るのは自虐的だとの主張がある。だがもちろん、明るい面と暗黒面をきれい事にしてまとめるのは、歴史認識として正しいあり方ではない。

 むしろ逆だ。歴史に学ぶとは失敗に学ぶのであって、成功譚を褒めたたえても、それは歴史を学んだことにならない。中国では昔から「歴史を鏡にする」という表現がある。中国人が日本の要人に会うたびに使う言葉だ。同じ失敗をしないために歴史が存在するという考え方といっていい。

 明治150年を語るのであればむしろ、その間に起きたことの負の側面を含めて語るべきなのだ。幕末維新の志士という言い方がされてプラスの評価ばかりが目立つが、彼らは暴力に訴えてでも世の中を変えるべき、自分たちの考えと違う政治を行っている政権担当者は殺して構わないという考えを持っていた。つまり現代社会においてはテロリストだ。

 それを現在の日本国政府が、つまり世界中に蔓延するテロリズムと戦う姿勢を標榜する政府が、明治150年だからといって過去のそうしたテロリズムを礼賛するのは自己矛盾になる。

 ──この本は西郷隆盛と吉田松陰の「2人のジェダイ」についてから書き下ろされています。

 実は私は「スター・ウォーズ世代」。『スター・ウォーズ』には、西欧にない考え方を映画の中に生かすためなのか、研究対象の中国思想の気(フォース=銀河をつかさどるエネルギー)という言葉が盛んに使われている。

 ジェダイ(秩序と平和の守護者)はいわば志士だし、彼らが戦った相手、もしくは作り上げようとしたものがエンパイア。そして暴力やテロリズムに訴えるようになってしまい、ダークサイドに落ちたりもする。この4つのキーワードを遊びの精神から各章タイトルに割り振ってみた。

■松蔭は独善的だった

 ──西郷については「敬天愛人」に絡む話が中心です。

 西郷はあるときから敬天愛人を座右の銘にし、好んで揮毫したという。ただ、この言葉の由来について本人は語っていない。関連する記述は、死後に出版された聞き書き本『南洲翁遺訓』の中にある。1868年に教育者の中村正直が「敬天愛人説」という文章を書き、これが当時よく読まれ、西郷も知っていたはずだ。

 ──松陰もジェダイだった? 

 彼はむしろ偏った見方をする人だ。自分の信念を貫くために、それに従わない人たちを間違いと決め付ける。対話や議論を求めていくのではなく、書物や教えを通じて得たものに基づいて作り上げた自身の信念こそ正しいと突き進んでいく。

 儒教の古典『孟子』の中にある言葉、至誠を根拠にして、誠を尽くせば皆わかってくれるはず、と独善的に事を運ぶ。思想史的に位置づけ直すと、兵学をあずかる形で養子に行ったことから、責任感を持って軍学を身に付け、その結果として、正真正銘のテロリストになっていった。

 ──教育者としての評価も。

 玖村敏雄の著作『吉田松陰』が1936年に刊行され、その中で教育者として立派だったとの像が打ち出された。これが広く読者に浸透したようだ。戦前における尊皇派、天皇崇拝者としての松陰像が封印され、教育者、人格者としての松陰という像が作られて、今に引き継がれている。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-07-30 06:15 | 歴史 | Comments(0)
ジャーナリスト同士が
火花を散らす

オウム事件
「真相」論争の行方


7/22(日) 8:40配信より一部

HARBOR BUSINESS Online

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180722-00171067-hbolz-soci

 オウム真理教教祖・麻原彰晃や6人の弟子たちの死刑が執行されて2週間がたった。この死刑をめぐり、オウム真理教を取材してきたジャーナリスト等の間で「真相は闇の中」「いや、だいたい判明している」という2つの立場からの論争が起こっている。筆者自身は後者の立場だが、自分の主張は置いておいて、この論争の内容と経緯を客観的に整理してみたい。

◆「真相は闇の中」なのか?

「真相は闇の中」派の代表格は、映画監督の森達也氏。森氏は死刑執行当日にBuzzFeedNewsの取材に対してこう語った。

“テロというのは政治的な目的があって暴力行為に及ぶことだが、オウム事件の目的はよくわかっていない。麻原が動機を語っていない状況での執行は歴史に残る過ちです”(BuzzFeedNews7月6日付記事より)

 同日の東京新聞夕刊には、森氏のこんなコメントが掲載されている。

“治療を受けさせ、裁判を再開して語らせるべきだった。肝心な首謀者の動機が分からなままふたをし、なぜ事件を起こしたかが不明なため不安と恐怖から逃れられていないのが今の日本社会だ”

 一方、ジャーナリストの江川紹子氏は死刑執行当日に、自身のTwitterで、「真相は闇の中」論に異を唱えた。

“死刑制度を廃止すべきという考えの方は、ご自身のその信念に基づいて、本日の執行を批判されればよい。それぞれが信念に基づく意見を述べる自由は尊重したい。ただ、お題目のように「シンソーカイメー」を唱えるのはやめて欲しい。刑事事件としての真相は、裁判でほぼ解明されている”(江川氏のTwitter)

“「真相は闇の中」と言う人は、裁判やその記録をどの程度見てきたのか、と思う。念のために言っておくと、裁判というのは、麻原彰晃こと松本智津夫を裁く公判だけじゃないですよ。”(江川氏のTwitter)

◆執行前から過熱していた論争

 この論争は、死刑執行の1カ月ほど前からすでに熱を帯びていた。森達也氏らが6月4日に「オウム事件真相究明の会」を設立。麻原の裁判は裁判所によって不当に終結させられており、確定した東京地裁判決が認定した麻原がサリン事件に関与した経緯や動機には根拠がなく、麻原は病気であるから、治療して裁判を再開し、麻原に真相を喋らせるべきであると主張した。同会は田原総一朗、香山リカ、宮台真司、雨宮処凛各氏、多くの著名人、文化人を呼びかけ人や賛同人に擁して記者会見を開き、現在、その数は54人にものぼる。

 これに、長年オウム問題をはじめとするカルト問題に取り組んできた滝本太郎弁護士が反発。設立記者会見が行われる前から、自身のブログで、こう批判した。

“「オウム事件真相究明の会」なんてネーミングは、「すべてでっち上げだ」「弟子の暴走だ」なぞと思いたがっている現役信者さんの誤解を拡げ、そんの言い方での勧誘をするのに、寄与するばかりではないか、と。”(6月1日付ブログ記事より)

“下記の麻原確定判決ぐらいは読んでから皆さん話してね、とつくづく思う。

http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/trial/4-6.html

あれほど多数ある事件、多くの関係者がいる事件を、ここまで解明してあるのだ、となんて凄い事なんですがね。”(同6月1日付ブログ記事より)

 同会の記者会見後、江川紹子氏をはじめ複数の人々が同会を批判した。

“麻原彰晃こと松本智津夫の控訴審がああいう形で終わったのは、司法が「まともなプロセスを踏んで」いなかったためではありません。もっぱら、控訴趣意書を出さない戦術にこだわった弁護人の問題です。ご自身の主張こそ、法治国家の否定であることに、気づくべきでせう。”(江川氏のTwitter)

“「オウム事件真相究明の会」の方々は、本当に歴史を知らない(と思いたい。知っているなら悪質な確信犯)。地下鉄サリン事件って約23年位前で、そこから延々と裁判をやっているのに、その経緯を無視して物を言われてもねえ。ホロコーストはなかったーとか無邪気に信じている人と同じレベル。”(山口貴士弁護士のTwitter)

 筆者自身も、同会と森氏を批判した。

“ぼくの「真相究明と言うなら12人の弟子たちの死刑も回避すべきなんだけど、なんで麻原のことしか言わんのか」という質問に、森達也が「そんなこと言い出したら12以外にも上祐とかにも話聞けと言うことになってキリがない」と。上祐は死刑囚じゃないから死刑回避言わんでいいだろ。アホか。”(筆者のTwitter)

“途中、壇上でひそひそと「村井って地下鉄サリン事件のときもう殺されてたんじゃなかったけ?生きてたっけ?」みたいな会話してた呼びかけ人もいたぞ。おいおい。”(同)

 オウム事件のキーパーソンの1人と言われていた信者の村井秀夫が刺殺されたのは、地下鉄サリン事件の約1カ月後。地下鉄サリンの2日後に教団に警察の強制捜査が開始されたものの、教祖である麻原がいまだ見つからず、村井もまた逮捕される可能性があった。そのため東京・青山の教団総本部前にもマスコミが詰めかけていたその眼前で、村井は殺された。上記のブログ記事で滝本弁護士が指摘している麻原判決を読めば、地下鉄サリン事件当日に村井が実行犯たちにサリンが入った袋を手渡したことも書いてある。

 このように、森氏らが設立した「真相究明の会」の面々が、基本的な事実すら知らないまま、さも麻原が不当に処刑されようとしているのだという誤った歴史観を吹聴しているというのが、筆者を含め各氏が同会や森氏を批判した内容である。

 特に江川氏は、この件を強く問題視。会を名指しする長文の記事〈「真相究明」「再発防止」を掲げる「オウム事件真相究明の会」への大いなる違和感〉(Business Journal)を発表した。

 また、ジャーナリスト・津田大介氏(真相究明の会の賛同人の1人)がパーソナリティを務めるラジオ番組で森氏が同会について語った内容について、オウム裁判を傍聴してきたジャーナリストの青沼陽一郎氏はブログに〈『オウム事件真相究明の会』の目的は、真相を破壊することにある! という証拠〉と題する記事を掲載。〈どうして、こうもぬけぬけと嘘がいえるのでしょう〉と森氏を厳しく批判するとともに、〈この森達也の発言を、津田大介は「うーん」と唸って、聞き流していました。それも不味いでしょう! J-WAVEだって嘘を垂れ流していることになる〉と、津田氏にも矛先を向けた。

 こうした混戦模様のなか、7月6日に死刑が執行された。各メディアがこぞって専門家のコメントを紹介したり評論記事を掲載したりする中で、上記の人々もそれぞれの立場から意見を表明した。

 前出の江川氏によるBusiness Journalの記事に対しては、死刑執行後の7月18日になってから、森氏が反論記事〈それでも麻原を治療して、語らせるべきだった…「オウム事件真相究明の会」森達也氏による、江川紹子氏への反論〉(Business Journal)を寄せた。

◆「真相」をめぐる論戦の陣営構造

 森氏や「真相究明の会」への批判の直接の理由は、「事実と違う」というものだが、批判する側には付随して別の危惧もあった。上記の発言の中で滝本弁護士が指摘しているように、不当なプロセスで麻原が処刑されたという歴史観が、サリン事件すらも国家の陰謀と信じ続けているアレフの自己正当化に利用される、という危惧だ。

 もともと、アレフを離れた麻原の三女・アーチャリーこと松本麗華氏も、「真相究明の会」と同じ主張を繰り広げ、同様の批判と危惧の対象となっていた。同会の設立記者会見の会場にも三女が来て、会見開始前に登壇者と話し込んだり、会見後に同会の打ち合わせに参加していたとみられることから、「真相究明の会」が三女と深い関わりを持っていながらその事実を隠している点も批判された。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-07-23 06:25 | 歴史 | Comments(0)
世界で期待のEV、
2030年の普及率は10%以下?


7/20(金) 20:15配信より一部

LIMO

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180720-00006724-toushin-bus_all

 「中国が2025年にエコカー700万台の販売目標を打ち出し、そのほとんどがEV(電気自動車)と大きく報道されている。そしてまた、10年後には世界の全自動車出荷台数の20~30%はEVになるとまで言っている人たちがいる。全く考えられない。EVシフトを推し進める際に最も大きな問題になるのは電力不足だからだ」

 こう語るのは世界的な半導体アナリストとして知られるIHSグローバルの南川明氏だ。南川氏によれば、2025年以降に世界の電力需給には大問題が発生するという。一つにはデータセンターが消費する電力が世界の8%を占めるほどに増大する。そしてまた、世界の電力の55%はモーターに消費されており、エンジンではなくモーターで動くEVはこれを加速してしまうと主張するのだ。

大量の電力を消費するEVはエコなのか

 たしかに、時ならぬEVブームで本屋に行けばEVを絶賛する本が10冊以上並んでいる。だが、筆者は拙著『自動車世界戦争』(東洋経済新報社刊)において、南川氏と同様にEVシフトの問題点を多く指摘し、とりわけ大容量バッテリーによる充電が多くの不具合を引き起こす懸念を指摘した。

 なにしろ、中国政府は2019年に国内で販売する自動車台数の10%をEV中心とする新エネルギー車にすることを自動車メーカーに義務付ける法律を発表した。フランスとイギリスは2040年までにガソリン車・ディーゼル車の販売を禁止する方針を明らかにした。はてさて、それが本当に実行可能かどうかは大変に疑わしい。

 南川氏は日本の自動車8000万台がEVになれば原発3基分の電力が必要だと主張してきたが、最近になり、EVの充電においても世界の電力の15%を消費することも懸念している。問題はシンプルなのだ。EVは自ら電気を作って走るわけではない。これに必要な電力は発電所で作られるわけであり、ただでさえ電力需給問題が加速している状況下でEVがひたすらもてはやされる現状はいかがなものかと思われる。

・・・(途中略)

 ヨーロッパでは自動車保有者の50%が駐車場を持っておらず、EV充電の環境が整っていない。さらにリチウムイオン電池の充放電を数年間繰り返せば老朽化は著しく、言われているほどの走行距離は全く出ない。一方で急速充電器には大電流が流れるため、電磁波が多く発生するという環境、健康問題も出てくるだろう。

 こうしたことを総合的に分析すれば、2030年段階になってもEVの普及率は10%以下と考えるのが妥当だろう。ガソリンエンジン制御技術を全く持たず、ハイブリッド車を作れない中国がひたすらEVと叫んでいるが、ここには多くの問題が横たわっている。
by kuroki_kazuya | 2018-07-21 06:25 | 歴史 | Comments(0)
「福島」が「チェルノブイリ」から学ぶべきこと

--- 内藤 忍


7/8(日) 18:01配信より一部

アゴラ

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180708-00010010-agora-soci

ウクライナの不動産視察の合間に、1986年の爆発事故でメルトダウンしたチェルノブイリ原発周辺を視察するツアーに参加しました。危険なツアーではなく、安全性に配慮され公式に認められたツアーです。

当日の集合は朝の7時半。17人でバスに乗り、キエフから車で2時間ほどで、まず30キロ圏内のチェックポイントに到着します(写真)。

バスから降りてパスポートチェックを行い、中に入ります。さらに10キロ圏内に入る時にも、もう一度チェックがあります。

ガイドの説明を聞きながら、様々な施設を見ていきます。使われることの無かった遊園地、朽ち果てたスタンドがそのまま残っているトラック競技場。まだソビエト連邦が存在した頃の出来事でしたから、残置された施設には共産主義の影響が色濃く残っています。

爆発事故で原子炉建屋が吹き飛んだ原発4号機には、アーチ型のシェルターがかかっていました。ここでは、普段着のままでバスを降りて写真撮影することも許可されています。

今回のツアーに参加した日本人は私だけでしたが、世界中からたくさんの人が集まり、ツアーのバスは満席でした。売店ではTシャツなどのお土産も売っていました。

現地には、今も4,000名以上の人が事故の後処理に携わっています。決して過去の出来事では無いのです。事故があってから30年以上。いまだにこのように世界の人たちから注目され、事故のことを将来に伝えていくことができる。とても大切なことだと思います。

福島でも原子力発電所の事故があり、いまだに深い爪痕が残っています。

ネットで調べてみると、福島でもNPO団体がボランティアで福島第一原発20km圏内ツアーを定期的に開催しているようです。しかし旅行会社がやっているようなツアーではなく、視察案内料は「寄付」となっています。車も持込が原則だったりして、気軽に参加する感じではありません。

福島でチェルノブイリのようにビジネスとして商業ベースで視察ツアーを始めると

「事故を食い物にするのは不謹慎」
「人の不幸に付け込む金儲け」
「現地の被害者の気持ちを考えろ」

といったネガティブな反応が返ってくるかもしれない。それを恐れて商業ツアーの実現に二の足を踏んでいるのかもしれません。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-07-09 06:35 | 歴史 | Comments(0)
中国太陽光バブルついに終焉へ、
世界の太陽光発電市場は曲がり角に


6/15(金) 12:33配信より一部

Wedge

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180615-00010002-wedge-cn

 中国の発電量は、2011年に米国を抜き世界一になり、その後も経済成長に合わせ増加を続けている。2016年の発電量は米国の1.4倍、日本の6倍の6兆kW時を超えている。都市部の大気汚染対策として石炭火力発電を削減する必要もあり、増加する発電量を支えるため中国政府は原子力、水力、風力、太陽光発電設備の増設に力を入れた。

 現在約20基が同時に建設されている原子力発電所は、2020年には日本の設備量を抜き去り、2020年台半ばには米国も抜き世界一の設備量になるとみられている。水力発電所では2250万kWの世界最大の三峡ダムが建設された。風力、太陽光発電設備導入を促すため固定価格買い取り制度(FIT)などの支援策が導入された。この政策支援により風力発電設備は1億8800万kWまで拡大し世界の3分の1以上を占めるようになった。太陽光発電設備も1億3000万kWを超え、世界の太陽光発電設備の3分の1を占め世界最大になった。風力、太陽光発電設備量の合計だけで、日本の全発電設備量を超えるほどの規模だ。

 しかし、増加する風力、太陽光発電設備は問題を引き起こすようになってきた。一つはFITの買い取り負担額の問題であり、もうひとつは、風力、太陽光などの天候次第の不安定な再エネの発電量が増えた国が、必ず直面する送電能力の問題だ。この問題に対処するため、中国政府は太陽光発電設備に関する支援策の見直しを5月31日発表した。結果、中国版太陽光バブルが崩壊することになりそうだ。今年の太陽光発電設備導入量はコンサルタントなどの当初予想から40%程度減少し、3000万kW前後に留まり、来年以降の導入予想量も大きく下方修正されている。


日本での太陽光バブルの発生

 菅直人政権が2012年7月に導入したFITにより、太陽光発電設備の導入量が急増し、太陽光バブルと呼ばれるようになった。バブルが発生した原因は高い収益性にあった。1年の日照時間は地域により異なるものの年による差はない。日照時間が分かれば、太陽光の発電量もその収入も予想できる。導入当初FITによる太陽光発電からの買い取り価格は1kW時当たり事業用40円に定められた。しかも、設備を経済産業省に認定してもらえば、その後いつ建設しても一度認められた買い取り価格が適用される制度だった。

 この制度の下では、土地代が安く、日照時間が長い地域に太陽光発電設備を建設すれば確実に儲けることができる。建設を先送りすれば、太陽光パネルの価格が下落するため収益額はもっと膨らむ。そのため、日照と土地の条件に該当する北海道東部、東北地方太平洋岸、九州南部などで太陽光発電設備建設ラッシュが起こり、認可された案件を小分けにして売り出す業者まで登場した。投資用ワンルーム・マンション販売と同じようなものだが、入居者が不要なのでワンルーム・マンション投資よりも収益は確実な投資だ。

 予想以上の導入量により、FITによる買い取り額は国の予想を超えて膨らみ、電力消費者が負担する賦課金額も電気料金に大きな影響を与えるようになった。家庭用電気料金の10%以上、産業用電気料金の15%以上はFITの負担額になり、2018年度の標準家庭の負担額は年額1万円を超えている(図-1)。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-06-16 06:25 | 歴史 | Comments(0)
東海第二原発 

廃炉の可能性に「危惧」


日テレNEWS24 5/11(金) 21:28配信より一部

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20180511-00000091-nnn-soci

茨城県の東海第二原発は、今年11月の運転期限までに再稼働や運転延長の審査などが終わらなければ廃炉が決まる。審査を担当する原子力規制委員は「一層危惧が増している」と述べて、間に合わない可能性を示唆した。

原子力規制委員会の山中伸介委員は、11日、東海第二原発を視察し、その後、記者団の取材に応じた。

原子力規制委員会・山中伸介委員「私としてはより一層危惧が増したところでございます」

山中委員はこのように述べて、今年11月に迎える運転期限までに審査が終了しない可能性を示唆した。

・・・(後略)
by kuroki_kazuya | 2018-05-12 06:48 | 歴史 | Comments(0)